発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

第4話 ≪ 自己紹介 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第3話 ≪ 桑部と向坂 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第4話 ≪ 自己紹介 ≫

 

 

 プルルルルル プルルルルル――ガチャ

 

 十回ほどコール音を鳴らしたところで、顕示は電話を切った。

 今度は別の番号を押して電話をかけてみる。

 

 ……プルルルル プルルルル…………

 

 やはり、誰かがでてくれる気配はなかった。


「どこにかけていたんですか?」女が聞いた。

「百十番と一一九」

「え?」

「緊急番号だよ」

「……それで、誰もでなかったんですか?」

「誰もでない」

「そんなことって……ありえるんですか?」

「……ありえないだろうね」

 

 緊急番号は二十四時間、いつ電話をかけても誰かが電話にでるはず。なのに、電話にでないということは……顕示は、脳裏に浮かぶ〝馬鹿げた妄想〟を押さえ込みながら冷静を意識した。まだ断定はできない、情報は不足していると、自身に言い聞かせる。

 例えば日本中のあちこちで、ここと似たような異常事態が起きていて、緊急回線がパンク状態なのかもしれない。だから誰も電話にでられなかったのでは……そう、向こうも電話にでられる状況ではなかった、と。それなら自動音声案内に切り替わりそうなものだが、この状況が未曾有のものなら、その可能性もなくはない。

 また情報の在りかを思いついた顕示は、今度は携帯電話からネットに接続してみた。すると、見慣れたトップページがあっさりと表示された。ネットは生きてるようだ。だが、ニュースサイトを確認しても、災害に関する情報は見当たらなかった。芸能人や政治家のスキャンダルなど、今はどうでもいい情報が並んでいる。

 

 顕示は携帯電話を閉じた。一旦状況を整理しようと思う。

「あの……お名前、聞いてもいいですか」

 その時 女が突然、名前を尋ねてきた。顕示は返事もせず、黙ったまま考えた。

 バスに乗る前も何度か言葉を交わした女。今もこうして話をしている。ならもう、尋ねるのも答えるのも不自然ではないといえるか。すっかり忘れていたが、自分はコーヒーも与えていた。客観的にみれば、友好的な人間と思われても仕方ないだろう。そもそも今まで互いの名前を知らなかったこともおかしかった。自己紹介のタイミングは何度もあったはず。女が自分に対して気を使っていたのか、実は警戒心をもっていたのか。それとも、姿形さえ判別できれば名を不要とできる、自分のようなタイプの人間なのか。いずれにせよ、今更になって尋ねてきたということは、自分を必要としたからだろう。

 あれこれ考えたが、これからもコミュニケーションするのなら、お互い名前を知らないと不便だろうと思えた。今日は長い夜になりそうだったから。

「……鮎山顕示」

 顕示は苗字と名前だけを呟くように言った。

 女は答えてくれたことホッとしたのか、笑みを浮かべながら言った。

「私は、藤乃《ふじの》咲《さき》です」

 

 咲は、緊急番号にまで電話をかけた顕示の行動に対して、最初は、やり方が大袈裟だと思ったが、落ち着いて考えてみれば、この異常事態のスケールを計り知る上で、緊急番号ほど都合の良いところもないと、判断を改めていた。もし通話が出来れば、この状況がここだけである可能性が高まるし、なにが起きたのかを知ることもできる。誰もでなければ、それはそれで必要な情報となるだろう。

 自分なら絶対にしなかった行動。だから。この人は頼れると思った。

 なにより、この状況で一人だけになりたくなかった。

 

 車内は次第に騒がしさを増していった。顕示は顔を上げて車内を見回す。

 頻りに携帯電話を耳にあてて、相手の声を待つ人が目に留まった。

 やはり、誰も通話できていないようだった。

 

 戻らない運転手と一部の乗客――

 誰もでない電話――

 そして、人気《ひとけ》のないサービスエリア――


 異常な空気がバスの中を包み込もうとしていた。

 

次話