第6話 ≪ 進展 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 成人発達障害へ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自閉症スペクトラムへ にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害グレーゾーンへ

f:id:hyogokurumi:20190129192630j:plain

前話 第5話 ≪ 自己紹介 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

第6話 << 進展 >>

 バス疲れと寒さ、そして面倒に巻き込まれたという状況が、乗客たちに苛立ちを募らせていた。

「やっぱ冷えますねぇ」

「さみぃー」

「……なにがあったんでしょうね」

「バス会社絶対訴えてやる……」

 やけくそな言葉を吐きながら建物に向かう乗客たちの背を、顕示は静まり返った車内からじっとみていた。

「どうして、残ることにしたんですか?」

 咲のその言葉に顕示からの反応はなく、彼はただ、外の様子を窺っていた。返事を考えているのか、それとも無視されているのか。

 さっきも背広の男に無愛想な言葉を返していた。単にそういう、人付き合いを毛嫌いするタイプの人なのかもしれないが、咲は顕示から別の印象を受けていた。

「あの人たちと、一緒にいたくないから?」

 どことなく顕示がその言葉に反応したように思えた。

「……半分、正解」

 やっぱりそうだった。他の乗客と違い、この顕示という男は周囲と積極的に関わろうとしていない。その姿勢には一縷の迷いも感じられなかった。ただの傍観とも違う。この人は緊急番号にまで電話をかけるほどの行動派なのだ。

 顕示が他者に向ける視線や表情が、強い警戒心を秘めていることを示していた。

 咲は顕示の哲学に興味を持ち、その訳を聞いてみることにした。もしかしたら、自分と同じタイプの人なのかもしれないと思えたのだ。

 顕示は咲を一瞥すると、また視線を前に戻した。今の動作で自分のなにを確認したのか、咲にはわからない。すると腕を組み、一人で考えごとを始めたようだった。答えようとしているのだろうか。それもわからない。

「きみがどうして僕に話しかけてくるのかを考えていた」

 顕示が唐突に喋り始めた。咲は思わず聞き逃しそうになってしまうが、なんとか言葉を捉えることができた。

「は、はい……」

「きみは僕と似ているところがある」

 それはついさっき、自分も思っていたことだ。

 同意を返すことは簡単だったが、まだ顕示の言葉は続いているように思えて、頷くだけにしておいた。

「僕も、交差点できみと会った時から、近いものを感じていた」

 顕示は「僕も」と言った。一瞬、その意図の解釈に迷うが、よくよく思い返してみれば、自分も交差点で会った時から彼に親近感のような印象を持っていた。だから、集合場所でも抵抗はなく声をかけることができたのだ。

 どこから自分のそんな気持ちが伝わったのだろうか。顕示と話せば話すほど、謎が増えていく。

 困惑し始めた咲からの反応を待たず、顕示は言葉を続けた。

「…………精神論を好みそうな背広の中年、一緒に行動していた優柔不断っぽい細身の男、ヲタクっぽい迷彩服の男、すぐ感情的になりそうなニット帽の女、うるさそうな作業着の男、その他詳細不明な人間……一緒に行動するメリットは低そうなパーティーだ。どうでもいい揉めごとが起きそうだし、それに巻き込まれるのも嫌だからね」

 咲は自分の頭の中が整理されていくような感覚を覚えた。顕示のように、言葉で表現できるほど具体的なものではないが、自分もどこか似たような印象を周囲の人間に抱いていたのだ。

 自分もそう思っていたと伝えたかった。でも上手く言葉がでなかった。

 こんな会話は、今までに経験がない。

 咲の沈黙をみて、顕示は返事をした。

「別に……誰にだって話すわけじゃないよ。ただ、きみなら問題ないだろうと思って」

 戸惑った様子が誤解を生んだようだった。「そうじゃない。わたしも貴方と同じだ」と、咲は胸の中で祈るように言葉を発していた。

 顕示は咲の目をみて言った。

「きみは人が怖くないのか?」

 途端、咲の脳裏にこれまでの人生が思い起こされた。

 

 物心ついた頃から絵が好きだった。人よりも上手に描けた。コンクールで何度も賞をとった。でも、他のことはよくわからなかった。

 中学一年生の時、同級生の笑い声や話し声を聞いているだけで吐き気が襲うようになり、学校で何度も吐いた。ゲロ女の愛称がいじめ状況を誘発し、中学二年の時から登校を拒否するようになった。カウンセリングを経て吐き気は治ったが、結局ほとんど登校せず、高校さえも通信教育で修了した。

 家の中でも居場所はなかった。普遍的な人生を歩んできた咲の両親にとって、娘は理解し難い生き物だった。元々厳格だった父は咲を怠け者と罵った。それ以来、父との会話はなくなった。母は自分の味方であるように仲良くしてくれているが、なにかとカウンセリングの先生に診てもらうことを勧めてくる。それが嫌でたまらない。

 

 ――わたしは普通じゃない――

 

 そんな自覚が芽生えてからは、一層、人間関係というものがわからなくなっていった。

 ある者は自分を避け、ある者は自分を叱り、ある者は腫れ物にでも触れるような扱いで自分に接してきた。まるで爆発物扱いだった。でも咲にとって、そんな人々の姿こそ、爆弾を抱えているようにみえていた。

 

「…………わたしも……怖いです……」

 

 初めて、人に正直になれた気がした。自分自身でさえもタブー視してきた自分の心。その中に、顕示という男が入り込んできて、少しだけ外にだしてくれた。

 

「相手が同じ人間だとしても、適度な警戒心は持っておくべきだと、僕は思う」

 そう言ってから咲をみると、最初の問いに沿って話をしていただけのつもりの顕示だったが、彼女が泣きそうな表情を浮かべていることに気がついた。なにかまずいことを言ってしまっただろうか。この人は大丈夫だと思えたのに。

 都内で一人暮らしをしていた時の記憶が蘇った。人と話す時は相当気を使っていたつもりなのに、出会う人は皆、自分を避けていった。普通を意識していても徒労に終わることの方が多かった。

 自分はまたやってしまったのか、と思う。あれほど人に正直な考えを話すなと決めていたのに、少し油断するとこれだ。気味悪がられた、嫌がられた、変な奴だと思われた。いや、不快にさせたかもしれない。

「……ごめんなさい」

 顕示は謝った。自分の言動のなにが駄目だったのかはわからないが、こういう時はそうするしかなかった。

 咲は首を傾げそうになった。別に自分はなにも悪く思っていない。むしろ、貴方には感謝したいと思っていたのに。

「どうして……謝るんですか」

「……わからない。ただ、嫌な想いをさせてしまったかと思って……」

 咲は、思わず笑みがこぼれてしまった。彼は、そんなところまで自分とそっくりだった。今まで相手を怒らせてしまった時も、悲しませてしまった時も、自分が叱られた時も、そのほとんどは自分にとって唐突なものだった。理由を聞いても反応はかわらないので、とりあえず謝ることでその場を凌ぐことが多かった。きっと、自分が悪いことをしてしまったのだろうと信じて。

 刺々とした彼に対する印象が次第に柔らかみを帯びていった。自信なさげだったさっきの言葉も、可愛くすら思えてきた。

「鮎山さんはなにも悪くないですよ。大丈夫ですから」

 顕示は安堵の息をついた。

「はぁ……そうか…………よかった」

 ずっと無表情だった顕示が、やっと笑みをみせてくれた。咲も笑みで答えた。

 こんな風に男性と見つめ合うのは初めてだった。少し恥ずかしくなった咲は、慌てて話を続けることにした。

「えっと、じゃあ……もう半分の理由はなんですか?」

「ここに留まった理由」

 一度、話しが逸れたので、念のため付け加えた。

 顕示は前を向き直してから言った。

「バスの外の安全性……背広の二人組が一度外に様子を見に行っているから大丈夫だとは思うけど……一応ね」

「ああしている所を見る限り、問題は無さそうだな」

 咲も、バスのフロントガラスから建物を覗きみた。

 ガラス張りの建物の中で、談笑している乗客たちの姿がみえた。

「わたしたちは、これからどうしますか?」

「なにが起きたのかを知りたい。でなきゃ気になって眠れそうにないから」

 咲も、このままでは眠れそうにないと思った。

「……やっぱり、人は消えたと思いますか?」

 なんだか聞いてばかりで悪い気もしたが、今は顕示の意見に沿って動きたいと考えていた。

「そう思いたくなる状況だ。バスの中には寝ずに起きている人だっていたはず。このサービスエリアだけみても、これだけの規模で、ここにいた人たちに気づかれず場所を移動することは不可能だろう。誰も電話にでない点に関しても、ここから人がいなくなったことと関係していると考える。突然消えたと考えるほうが自然だ」

 一旦、言葉を区切ってから話を続けた。

「……でもまだ、なんの確証も得ていない」

 すると顕示は、自分の携帯電話を取り出しながら言った。

「きみの携帯、テレビ機能はついてない? 僕の携帯はついてなくて」

「観れますよ。あんまり使ったことないけど…………はい」

「ちょっと貸してもらうよ」

 咲の携帯電話はホワイトカラーのシンプルな折畳み携帯だった。おもちゃの木の実のストラップがついているだけで、デコメの類はされていない。表面の光沢がまるで買ったばかりのように思わせる。あまり使い込んでいないように思えた。

 馴れた手つきで携帯電話を操作する、そんな顕示の様子がメカオンチの咲には技術者のようにみえていた。

「なにを調べてるんですか?」

「なにって、ニュースかなにかやってないかと思って」

「あっ……そういえば、そうですね……」

 咲は自分を情けなく思った。どうしてそれに気がつけなかったのか。そして、なぜ彼は気がつけるのか。その脳のメカニズムを理解できなければ、この先、生きていけないような気さえした。

 自分の能力不足を深刻に受け止める咲を他所に、顕示は携帯電話と向き合い続けた。

 ノイズ混じりでもいいからテレビ番組の放送を確認できればいいと思っていた。しかし、全チャンネル黒画面だった。高速道路沿いのエリアで電波を全く受信できない場所なんて、ありえるのだろうか。続けてラジオも試すが、どう調整しても雑音しか流れてこなかった。

「……テレビもラジオも駄目だ」

 咲は頷いて相槌した。

「でも、なぜかネットには繋がる」

 咲はまたこくりと頷いた。

「きみはどう思う?」

 また〝きみ〟と呼ばれたことが気になった。出来れば名前で呼んでほしいと思うが、ここは言い出す機会ではなさそうだ。

 意識を顕示に戻して考えてみた。しかし、

「さっぱりわかんないです。あんまりそういうの詳しくないから……」

 自分はテレビもあまりみないし、インターネットもよく知らない。これでなにかがわかるわけがないと思った。

 顕示も行き詰っていた。ただ、次に進む為に、必要な情報は揃えているはずと考えていた。初めから咲の知識に期待はしていない、どうみてもネットをバリバリしているような情報通にはみえないから。


 入り口さえわかればいいのだ。そういうことは、なにも知らなさそうな人に尋ねたほうがいい。何気ない一言が閃きのきっかけになるかもしれない。

「じゃあ、インターネットについて、なにか知ってることはある? なんでもいいから言ってみて」

「知ってることですか? んーと…………」

「……チャットかな」

 その言葉で、次の一手がみえた。

「きみ、天才」

 そう言いながら、顕示は両方の携帯電話を同時に操作し始めた。

「あ、また……〝きみ〝じゃなくてちゃんと名前で呼んで下さいよ! 顕示さん」

「わかったよ、咲さん」

 少し嬉しそうな顔をしている顕示だった。これまでに知り得た彼の人格から、名前で呼び合ったことではなく、進展があったことに対する気持ちの表れだろうと思えた。

 手元の携帯電話には、文字ばかりの画面が表示されていた。

「……それはなんですか?」

「国内最大級の掲示板。ここなら常時、書き込みがされている」
 インターネットの掲示板。利用したことはないが、その役目は咲でも知っていた。

「じゃあ……もしかしたら、この場所のことも誰かが書き込んでいるかもしれませんね」

「人がいればの話だけど……」

「まぁ、そういうことだ」

 顕示はやや心拍数が強まるのを感じていた。

 知らなきゃよかったことを知ってしまうかもしれない。

 一見して、いつもとかわらぬ様子の掲示板は、静かに異常を伝えていた。

 

次話