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言葉は嘘をつきません

第10話 ≪ 決別 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第9話 ≪ 距離感 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第10話 ≪ 決別 ≫

 乗客たちは手分けしてブランケットを床に敷き始めた。壁沿いに一枚、一枚と黒い布が並べられる。自分もあそこで横になるのだろうか。そんな咲の不安を他所に、黙り込んでいた顕示はまた一言もなく、今度は厨房の奥に向かって歩きだした。

 咲もその後をつける。

 奥には、ロッカーや事務用の机が置かれた小さなスペースがあった。空調が届いていないのか、客席側よりもひんやりとしていた。壁にはコルクボードがかけてあり、メモ紙やチラシ、シフト表などがピンで止められている。このレストランに勤めるスタッフ用のスペースであることは一目でわかった。

 顕示は部屋の奥にある一枚のドアの前に立ち、足を止めた。

「咲さん、僕の予想が正しければ……というより、ここがどこにでもある平凡なサービスエリアなら」

「はい」

「この先で、人が消える瞬間を確認できるはずなんだ」

 突然の言葉に、咲は驚いた。

「え? ……どういうことですか? また人が消えるんですか?」

 顕示は振り返って、人差し指を自分の口元にあてた。

 声が大きい――理解した咲きはきゅっと口を閉じた。

「……そうじゃない……心の準備はできてるかってことだ」

 咲にはその言葉の意味がよくわからない。

「今なら、まだ戻れるよ」

「戻れる?」

「あっちで、皆と一緒に横になって朝を迎えればいい。めでたくパ-ティの仲間入りだ。でも、ここから先に進むのなら、それはもう諦めなくちゃいけない」

 咲は、黙って話を聞くことにした。

「僕は元々、彼らと一緒にいるつもりはなかったけど、今のこの状況、このタイミングで〝あれ〟に気がついてしまった以上、もう完全に、彼らと平等ではなくなってしまった。僕みたいなイレギュラーはいないほうがいいんだ……だから僕は行くよ……そして真実をこの目でみる」

 咲はまだ、顕示の話の意図が掴めなかった。

「……よく、わからないです」

「あぁ、すまない。じゃあ、もっとシンプルに言い直そう」

「〝普通〟がいいならここでお別れだ。彼らと一緒に行動すればいい。でも僕と一緒にこの先へ進むなら、もう戻れない。そう思っていい。未知の領域に足を踏み入れることになるんだ」

 普通がいいなら――その言葉に咲の心は強く反応した。

 

 普通……

 学校へ行って 友達を作って 社会にでて、好きな人を作って……

 意識しなければならないこと……

 生きていく上で必要なこと……

 私は普通じゃないから……

 いいえ 意識しなければならなかった……

 そう教えられた……そう思い込んていた……

 私は寄生虫……

 社会に擬態するように生きていた……

 

 過去に克服したはずの葛藤が、咲の脳裏を支配した。

 答えはその後、遅れてやってきた。

 

 そっか……
 もうこれで 普通を意識しなくてもいいんだ――

 

「……私も、連れてって下さい」

 咲は、迷いが吹っ切れたような笑顔をみせた。

 溜め込まれた言葉の間に、顕示は咲の人生を察した。やはりこの子も、いくつか抱えている。非常識な日常の中を生きてきたのだろう。

「……わかった。じゃあ行くよ。咲」

「はいっ」

 顕示は、ドアノブに手をかけた。そして、ヒュッ――と冷たい風が吹き込んだ。

 パラパラと降り積もる雪がアスファルトを白銀の世界に変えようとしていた。位置的に、建物の裏側に出たことと、数台の乗用車やトラックが並んでいることから、この区画は従業員や業者が利用する駐車場であることがわかった。

 顕示と咲の立っている段差は通路の役目も果たし、左方にみえた次のドアへ二人を導いた。

 ギィとドアを開ける。ドアの先には、通路がのびていた。

 明かりはついているが、人気《ひとけ》の感じられない無機質な空間が不気味に思わせる。

 外に出たかと思えば、また建物の中に戻る顕示。それに歩きながらキョロキョロとして、なにかを探しているようだった。

「顕示さん」

「なに?」

「……なにを探しているんですか?」

「んー、監視室かな?」

 顕示は疑問染みたのトーンで言った。

「監視室? ……あっ」

 その言葉で咲は全てを理解した。

 顕示の言っていた〝あれ〟とは、店内に設置された防犯カメラのことだったのだ!

「そう、監視カメラだよ。厨房であちこち見てた時にたまたま目に留まった。首を振っていたから、まだ動いているはず。どこかの部屋で映像を確認できるはずだ」

 事務室と書かれたドアを開けると、室内にはオフィスデスクが並んでいた。机の上には筆記用具や書類、パソコンが置かれ、壁沿いには書類棚やキャビネット、コートのかかった服掛けや観葉植物が並んでいる。

 顕示は中には入らず、入り口からじっと中を見回した。

「ここじゃない」

 そう言って、ドアを閉めてまた通路の奥へ進んだ。

 二枚目のドアの先は売店エリアだった。入荷した商品はこのドアを利用して売り場まで運ばれるのだろう。ここも関係ない。

 そして、通路の奥では頑丈そうな鉄製の扉が二人を待ち構えていた。

 扉の上には『電源管理室』と書かれたプレートがある。

「多分、ここだ」

 早速、ノブに手をかけた顕示だったが、ガチャガチャというだけで回らない。

「鍵が必要だな……さっきの事務室のどこかにあるだろう」

 二人は事務室に戻った。

 

 この部屋のどこかに鍵が――咲はそう思いながら、適当な引き出しを開けようとしたが、顕示は一直線に歩きだし、キャビネットの隣に取り付けられたスチール製の箱の前に立った。

 箱を開けると、数本の鍵がぶらさがっていた。

「あったよ」

 顕示は『電源管理室』と書かれたネームキーホルダーのついた鍵を、ひょいと掴んで咲にみせた。

 その箱はキーボックスだったのだ。

 机の引き出しをひっくり返す作業を想定していた咲は自分が情けなくなった。きっと、最初にこの部屋を覗いた時にはもう、あれが鍵の箱であることもわかっていたのだろう。なんの役にも立てていない自分に嫌気がさす。

「むぅ……」

「どうした?」

 咲の様子が、どこか不機嫌そうに思えた。

 なにか怒らせるようなことをしてしまっただろうか。

「なんでもないです……流石だなぁって、思っただけです」

 なにがどう流石なのか。顕示にはピンとこなかった。

 

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