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言葉は嘘をつきません

第14話 ≪ 目撃者 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第13話 ≪ 吉岡と仁村 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第14話 ≪ 目撃者 ≫

 若者の大声とレストランのざわめきを耳にして、土産売り場にいた桑部はレストランに戻ってきた。乗客たちの視線は一人の若者に向けられ、凍りついたような雰囲気が漂っている。

 あの男がなにか言ったのだろう。元凶を察した桑部もその男をみた。

「人が消えるところを見たんだってよ」

 傍にいた作業着の男が、困ったような口調で桑部に言った。

 売店にいた時、そんな言葉が聞こえたような気がしたが、本当にそう言っていたのか。しかし、なにかの見間違いじゃないのか。そもそもなにを見間違えればそんな風に思うのか――桑部は男に近づいた。

「良かったら、君がみたことを詳しく教えてくれないかな」

 男から返事はなかった。動揺しつつも周囲を警戒するように、ただじっとしている。

 桑部は男の目をみながら、胸に手を当てて言った。

「私は聞きたい……いいかな?」

 そっと、撫でる様な言葉で。

 

 言い難いことがあって、相手が黙り込んでしまった場合、こちら側が聞ける姿勢を用意し、話し易い空気を整えること。話をせざるを得ない状況、話すべきだと思い込める状況……話さなければ、あたかもそれこそが悪いことになってしまう状況を作る――それが、こういう時における桑部なりの人の操り方だった。どんなに重い口でも、自らの意思で開けさせることが大事だ。無理やりではいけない。そして言葉を交わし、胸の内を共有する。そうすることで互いの理解が深まるのだ。

「…………はい」

 よし――桑部は傍にあった椅子にズンッと腰を下ろして腕を組み、強い眼差しで若者を視線に捕えた。少し威圧感が伝わるくらいで丁度いい。その姿から、誠実的なオーラが放たれるのだ。

 他の乗客も、椅子の近くにいた者は席に着いた。

「……バスがここに着いて、僕はトイレに行ったんですけど……トイレを終えてすぐにバスに戻ったんです。それで、なんとなくカーテンを少し開けて、外をみてたんです………………」

 また男の言葉が途切れそうになった。

「うん、いいよ。どんどん続けて」

 まるで重要な報告を聞くかように、真剣な面持ちで耳、顔、体――姿勢の全てを男に向けた。

「……えっと、それで、女の人が駐車場を歩いていて、その人をみてたんです。そしたら車が走ってきて、女の人は小走りになったんですけど…………その時、ふっ……と、消えたんです。女の人も、車も…………」

 暫しの沈黙の後、桑部は口を開いた。

「……それで?」

「え? いや……それだけです…………」

 男は顔を背けるように俯いた。

「……うん、わかった。よく話してくれた。ありがとう」

 桑部はふぅ~と、大袈裟に息を吐いた後「う~ん、う~~ん」と上半身を少しくねらせながら考え込む動作をみせた。

「……きみは嘘をついていないと思う。見たままを話してくれたんだろう。しかし、俄かには信じがたい、というのが僕の正直な感想です」

 男はやや取り乱すようにして顔を上げた。

「ぼ、僕も最初そう思ってたんです! 見間違いだって……だから、その時は気にも留めてなかったんですけど、こんなことになっちゃって…………」

「あぁ、それでか……でも、あんな風に大きな声をだしたら、みんな驚いちゃうよ?」

「…………えぇ……はい」

「それに、仮にきみの言う通り人が消えていたとしても、今はそれを確認する方法も無いんじゃないかな。だってもう消えちゃってるんだよね?」

 追い討ちみたいにはならないよう、桑部はじっくりと間を開けながら話を続けた。笑みも忘れない。

「……で、消えているということがわかったとして、僕らはどうすればいいんだ?」

 桑部は両手を自分の体に向けながら、教えを請う意を動作で表す。

 男の言葉が途絶えてしまった。桑部の予想通りだった。最近の若者というものは感情任せに行動する。後先を考えていない。せめて今後に繋がる提案があればよかったが、結局、不安を煽っただけで、その後のことはなにも考えていない。

「……うーん。それだと、単に他の人を不安にさせてしまっただけになる。うん、僕ならそう考えちゃうから、きみと同じ場面を目撃していたとしても、たぶん、言えないままかなぁ……。一人で抱え込んじゃうかも。あー、でも、よっぽどの証拠があれば別だけどね。現実を認識することは大事だし」

 その桑部の言葉の後、男は急に立ち上がって、

「あのっ……騒いだりして、すみませんでした。ほんとにごめんなさい! すみません!」

 頭を下げた。

「いやいや、謝らなくていいんだよ。僕が言いたかったことは、どうせなら楽しい話をしようぜってことだから。ね?」

「……はい、あの、どうも…………ありがとうございました」

 周囲からは安堵の息が漏れた。

 

 桑部は一人の若者を救った気持ちで満悦した。会社でも退職を意した若者を何人も心変わりさせ、会社と、その若者の未来を守ってきたと自負していた。

 しかし、今の状況はなにも変わっていない。それもわかっている。とにかく、せっかく掻き消した不穏な空気をまた誰かに引き伸ばされたくない。

 桑部は先手を打つことにした。立ち上がって周囲の人をみながら、

「とりあえず、皆さん……彼の話も、我々の今後のことも気になるところではあります。一度その話を皆さんでしたほうがいいでしょう。ただその前に……お昼ご飯の話をしましょうかぁ」

 間の抜けたような笑顔でそう言った桑部。周囲からクスクスとした笑い声が漏れる。暗い話の後は一緒にご飯。これも桑部の常套手段だった。

 すると、作業着の男が腹を抑えながら言った。

「俺ぁ、朝飯も食ってねぇから腹減っちゃってよぉ」その後に続いて「あたしもお腹すいたぁ」と、金髪の女が恋人の顔を見上げながら明るい声で言った。

「……あそこのさぁ、土産売り場の食い物、食っていいんじゃない? こーいうの非常時って言うしさぁ」

 その女の彼氏の言葉に、皆は土産売り場のほうをみた。

「……まぁ、いいんじゃない?」

「仕方ない……よな」

「……ちょっとラッキーかも」

 桑部は思惑通りに話が運んだことに安堵した。ひと悶着あったが、結果的には一石二鳥だった。

 先に桑部が土産売り場にいたのは食料の確認の為だった。一人一日二食として全員で何日分ありそうか、売り物に手をつけることに対する反論意見にどう対応するべきか。その検討をしていたのだった。
 もう一つは、パニックへの対応だった。昨夜からずっと意識していたことだ。外部からの情報が得られない以上、情緒不安定に陥った者がなにか適当なことを言って騒ぐかもしれない。でもそれを一度でも乗り越えれば、他人同士の関係でも結束は高まるはず。それがいつなのか、どんな出来事なのか、そればかりがずっと肩の重荷だったが、上手くまとめることができた。

 

 乗客たちがぞろぞろと土産売り場の方へ足を進める中、桑部は向坂を呼び、建物の外に連れ出した。自販機でホットコ-ヒーを二本買い、トイレとは反対方向の屋根の端まで移動した。

「桑部さん……寒いっすよ」

「だからコーヒー買ってやっただろ? てかお前、北海道出身なんだから、これくらいなんともないだろ」 

「北海道出身だからって、寒さに強いわけじゃないんすよ。とりあえず頂きます」

「おう」

 向坂は缶コーヒーを開けて一口飲んだ。桑部もコーヒーを片手に煙草に火をつける。ここは喫煙所ではないようだが、今更突っ込むことでもないかと、向坂は気にしないでおくことにした。

「昼飯食った後のこととか、俺の考えを話しておこうと思ってな。あっちじゃ話しにくいし」

「はい……なんか会社の喫煙所みたいっすね」

「はは、そうだな…………でな、さっきの彼の話は適当に落ち着かせたけど、正直、俺もなにが起こったのかわからないんだ。でも、なにかしなくちゃいけないだろう」

「そうですね……」

「雪が落ち着くまではここにいることが賢明な判断だと思う。けど、まぁもって三日間だろうな。こういう状況で人が冷静でいられるのは。だから明日にでも、誰かが代表で外に救助を求めに行く話しをしなくちゃならんだろうと俺は思ってる。で、明後日にここを出る、と……流石に雪も止んでるだろうから」

「……救助?」

 仁村と吉岡との会話が脳裏にチラついた。

 

 ――人が消えた可能性は……

 

「そりゃそうなるだろ。年配の人とか、女性だっているんだぞ」

「まぁ……そうですね」

 その俯き加減の返事に、桑部はぽかんと口を開けて向坂をみた。

「……まさかお前も、ほんとに人が消えたとか思っちゃってるわけ?」

 向坂はなるべくいつもの様子を意識して答えた。

「いや、そんなことはないですよ」

「はぁー……まぁいいけどさ。お前、さっきの奴みたいにはなるなよ。ただの馬鹿だぞ」

 桑部は呆れた様子で言葉を突いた。

「ええ……わかってますよ」

 

 ――なにかが違う……

 

「そういえやお前、彼女さんと連絡とれたか?」

 

 ――ゆかり……

 

「いえ、まだ。電話にでてもらえなくて」

 桑部は二本目の煙草に火をつけながら、吐き捨てるように言った。

「そうか。……ちっ……早くなんとかしろよってなぁ」

 

 胸の中で、刺々とした感情が芽生えつつあった。
 その感情の正体を、向坂はまだ知らない。

 

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