発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

第15話 ≪ 普通の人 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第14話 ≪ 目撃者 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第15話 ≪ 普通の人 ≫

 高月がいた。久しぶりだな、と挨拶を交わす。

 スーツを着ていることを笑われた。似合ってるだろ、と笑い返す。

 東京での暮らしのことを聞かれた。いい経験になったよ、と話した――

 

 ぼんやり目蓋が開く。脳が覚醒するにつれ、車内の通路に立っている人間は、咲という女性であることを思い出す。昨日一緒に行動した女。隣の席で寝ていた女。体を揺すって起こしてくれたようだ。

「寝起き、悪い方なんですか?」

「……寝起き悪いコンテストがあったら、余裕で優勝できると思う」

「……そういうことも、言える人だったんですね」

「まぁね」

 のそりと体を起こした。久しぶりに夢をみたせいか、少し頭がふわふわする。あいつがでてきた。高月――ガキの頃からの友人。

 あいつも、消えちまったんだろうか。

 

 寝ぼけ眼のままカーテンをめくってみると、外はまだ雪が降っていた。雪の落ちる角度からみて、昨夜より風は弱まったようにみえる。

 咲も少し前に起きたばかりだと話す。一先ず、洗面所で顔を洗うことになった。

 雪を踏みながら建物の屋根の下まで歩くと、そこへ背広の二人組みがやってきた。角刈りの男のほうは、たしか〝クワベ〟という名前。顕示は昨夜、事務室で聞こえた話を思い返す。若いメガネの男の名前はわからない。

「朝から姿がみえなかったけど、どこへ行ってたんだい?」

 怪しんでいる様子はみられなかった。挨拶代わりの言葉だと判断する。バスで寝ていたことも知らないようだ。こちらの荷物も把握していないと踏む。

「バスで荷物の整理をしてたんです」

「あぁ、なるほどね。じゃあ食事のことは知ってる?」

「……いえ、知らないです」

 どうせ、土産売り場のものを――

「非常時ってことでね、お土産売り場のものを頂くことにしたんだ」

 食べることにしたとか。そう言うんだろうなと思った。

「そうですか」

「あと食後に、今後のことで皆さんと話し合いするから、なるべく建物の中にいてね。きみらにも、意見を言ってほしいから」

 皆さんと話し合い? 顕示はその言葉にひっかかりを覚えた。

「……わかりました」

 桑部たちは建物の中へ入っていった。

 顕示と咲もトイレへ足を向けた。

「……びっくりした」

 咲が胸を撫で下ろした。

「昨日のこと、なにか聞かれるんじゃないかと思って」

「ま、その時は、本当のことを言えばいいよ。知られて困ることはしていないし」

 そういうもんか、といった様子で咲は頷いた。

「……それより、さっきの話、なにかひっかからなかった?」

「別になにも……どういうことですか?」

「……後で話すよ」

 咲は気にならなかったようだ。しかし、顕示は違和感が拭えない。

 洗顔や用足しの動作は体に任せ、頭の中でストーリーを構築した。

 

 トイレから出た二人は建物には戻らず、屋根の下で話をすることにした。

「彼は、食後に今後のことで皆さんと話し合いする、と言ったんだ。話し合いをしたい、じゃなくて〝する〟だ」

「はい」

 顕示はどこか宙をみたまま話を続けた。また頭の中を観ているように思わせる。

「あの声のトーンからして、それは希望的観測じゃなく、約束に近いものだと思える。僕の感覚がズレてなければ、彼らの大半は今日の朝も適当な人数のグループに分かれて、他愛も無い雑談をして時間を潰していたと思う。そんな雰囲気の中で突然声を上げてだ、食後に今後のことについて話し合いをしましょう、なんて、あの男がそういう、突発的なやり方を取るタイプには思えないんだ。それが言えるだけの出来事があったと考えたほうが自然だ……つまり僕らが起きる前に、全員が注目するような出来事があった。そのことで一度彼らはなにかについて話をしている。一つか二つのテーマについて。その話の流れで、話し合いの本番は食後になった……僕の考えすぎだろうか。どう思う? 咲」

 咲は困ったように考え込んでいた。その様子はまるで、頭から煙がでているようだった。

「…………えっと、ごめんなさい。途中から頭の整理がおいつかなくて」

 顕示はゆっくり話したつもりだったが。やはり、彼女は長い話は苦手のようだった。こういう会話に慣れていないとみる。

「そうか。悪かった」

「謝らないで」

「ううん、ざっくりと言い直すよ……さっきのは、もしかしたら、レストランでトラブルがあったかもしれないって話をしたかったんだ」

 益々わからないといった様子の咲だった。

「隣にいた部下?の表情がちょっと気になったんだ。あれはなにか腑に落ちないこと……いや、不信感を抱えている時に浮かべる表情だ。それがイベントに対してなのか、クワベという男に対してなのかはわからない……けど……」

「けど?」

 顕示は少し黙り込んでから言った。

「……んー、いまいちだな。ちょっと言い方を変えよう」

「はい」

「部下が実際に不信感を抱いていたとする。その原因がクワベだったとしよう。二人はなにかの話で対立状態にあるわけだ。もしくは、そうなる手前の状態と予想できる」

「はい」

 咲はふむふむと頷きながら話を聞いている様子。話にはついてこれているようだ。 

「最初の話、〝レストランでなにかがあった〟という話と、〟クワベと部下の対立〟の話が〝繋がっている〟と仮定した上で……レストランで起きた出来事を想像してみようか」

「想像……ですか」

 咲は黙り込んで考え始めた。

 気がつくと、顕示が自分をみていた。

「咲なら、できると思うよ」

 自信ありげな笑みを浮かべていた。

 しかし、そう言われても、どう考えればいいのかさえ検討もつかない。

 なかなか言葉がでてこない咲をみて、顕示が口を開いた。

「……部下が抱いた不信感はクワベに向けられているとする」

 恐らくの話。その前提で考えを進める。それはわかっている。

「…………はい」

「それはクワベがあることを否定したから。部下にとって好ましくない主張だった」

 たしかに、その〝恐らく〟が前提条件なら、そう考えることもできる。

「わかります」

「その〝あること〟がレストランで起きた出来事と関連していると考える」

「…………はい」

 そこがよくわからない。なぜそう繋がるのか。

「その出来事がきっかけで、食後の話し合いが実現する」

 そうだ。全ての前提を繋げて考える。これはそういう話だった。

「食後の話し合いは、今後についてだ」

「…………はい」

「まだわからない?」

「えっ?」 

 突然求められた回答。そこで終りなの?と、言い返したくなった。 

 笑みを消した顕示は、頭をぽりぽりと掻きながら独り言のように言った。

「……ちょっとアプローチの仕方をかえたほうがいいな」

「ごめんなさい。でも、わたしには難しいです」

 正直、難しい以前に、わかるわけがないという気持ちで一杯であった。

「咲、きみにとって、普通の人とは、どんな人なんだ?」

 またその言葉。普通の人――反射的に、体中の毛が逆立つような感覚に全身が包み込まれる。

 ただ、その存在について問われたことは、初めてだった。

 

 ――まだ中学生になったばかりの頃だった。大好きだった美術の時間に、隣の席のクラスメイトの顔を描いていた。絵の具の肌色が実際の肌の色と違うと思えたから、本当の色に近づけようと思って別の色を混ぜてみた。もっと薄い肌色がほしかったのだけど、肌色はどんどん暗い色になってしまった。それは失敗だった。でもその色は陰の部分に丁度良い色に思えた。明るい部分とのバランスを考えながら、その色を塗っている時だった。周囲から「汚い」「ひどい」といった声があがった。私は陰影部分を表現した色だと説明した。その時の周囲の反応は、とても冷ややかなものだった。みんなの蔑んだ視線が「普通は肌色、それは違う色、それ自体が問題」と言っているような気がした。理解は得られないまま、結局、時間が足らなくて、絵は半端な形で仕上げることになってしまった。それは残念だった。モデルの子にはちゃんと謝った。でも「これ廊下に貼る絵なんだよ。私になんの恨みがあるの?」と言われてしまった。その日の放課後、私は自分で描いたその絵を、泣きながら破り捨てた。

 学校で孤立するようになったのはそれからだった。クラスメイトの笑い声に混じって登場する自分の名前。汚された持ち物。消えた上履き。怒りや悲しみよりも、この現実に対する悲観を強く持った。それでも、人のことを可哀相に思ってしまう自分のことは好きになれなかった。でも、学校に通えばそれだけ、自分が汚い人になっていく気がしてならなかった。そんな想いを募らせていたら、いつからか、体が拒否反応を示すようになってしまっていた。

 父曰く、私は怠け者で、さぼりたいから学校を休むらしい。私は違うと言ったけど、それ以外の正解はないと言い返された。そんな考え方を一つでも許してしまったら、そう思う人がどんどん増えて、いつしかその甘えた考え方が常識になってしまう。社会の未来をもっと考えなさいと叱られて、その後、思い切り頬を叩かれた。それが始めて人に殺意を覚えた時だった。

 母曰く、私は病気で、お医者さんの言うとおりにすれば治るらしい。思考を止めて周囲に流されながら生きていくことを勧められているようにしか思えなかった。私にとって、カウンセリングの先生は当り前のことを最もらしく言っているだけだった。学校にいる時の吐き気が止まったことで、薬は役に立つように思えた。けど、先生の話は当てにならない。そんなことを言ったら、病気だからそう考えてしまう、と諭すように言われた――
 
 これまでの人生の中で、特に印象に残っていた記憶をなぞった。

 自分はずっと否定され続けてきた。自分は普通じゃない。周囲から植え付けられた認識が、この答えを導き出してくれた。

「人の現実を、否定する人……」

 咲の言葉に、何度か頷いた後、顕示は口を開いた。

「……もうわかるだろう。この状況で、思わず普通の人が否定したくなる話ってなんだろうか?」
 自分はどうやらいいところまでいけたらしい。でも、その答えはまだわからない――いや、そう思えた途端のことだった。

「…………人が消えたって話を、誰かがした?」

 どういうわけか、自分でもよくわからないが、その回答はいつの間にか頭の中に用意されていた。その認識はずっと意識の中にあったのに、今になってやっと気がつけたような、奇妙な感覚を得る。

 顕示は答えた。

「そう。それをクワベが否定したんだ。その件はどうせクワベが沈静化させたんだろう。だが部下の男はその可能性を、この状況からの推測でもっていた。でも、上司であるクワベにはその話ができない、というわけだ……いや、もしかしたら、そんなことがあったかもねって話だよ」

 そう言い終えた顕示の顔は、また少し笑っているようにみえた。

 

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