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言葉は嘘をつきません

第16話 ≪ 広野 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第15話 ≪ 普通の人 ≫ 夜行バスの人々(なろう版) 

 

第16話 ≪ 広野 ≫

 顕示は自販機に缶コーヒーを買いに行った。

 その場で待つ咲は、自分自身に驚いていた。

 どうしてこんな推測が、イメージが浮かんでしまったのだろう。普段、無意識の内に浮かぶイメージとはどこか質の異なる〝これ〟は一体、なに? ただ思っただけのイメージとは違う。頭の中にあった記憶と、自分自身が勝手に創り上げた印象を、言われた通り繋ぎ合せただけなのに、レストランで起きたことがまるで見ていた光景であるかのように、頭の中に出来上がってしまった。そうに違いないと思い込んでしまいそうなほど、リアルなイメージが。

 今までに感じたことのない感覚が頭の中に渦巻いていた。ついさっきまでの自分が別人とさえ思えるほど、はっきりとした衝動だった。頭の中を駆け巡る血液の流れを感じ取れているような、振動に近い感触を、確かに自分は感じ取っている。

 躍動的に動き出した脳の働きは留まることを知らず、咲の意識下にまた新たなイメージを紡いだ。

 缶コーヒーを両手に、戻ってきた顕示にその予想を話した。

「じゃあ、もしかしたら、監視カメラの映像を誰かがみたのかもしれませんね」

 想像が事実だと仮定すれば、この予想も容易に成り立ってしまう。今日は一緒に映像を調べる予定だ。もしそうだとしたら厄介なことになるのでは。

 そう思った咲だったが、

「可能性はゼロじゃないけど、どうだろう……」

 顕示はポケットからチャリッとした物を取り出し、咲に見せた。

「あそこの鍵、僕が持ったままなんだよね」

 またこの人は、そういうことする。いや、なにか目的があったのかもしれない。

「あの人たちが、映像をみてしまわないように?」

 もしあの映像が露見することになれば、収拾のつかないことになるかもしれない。この人なりに配慮をしているのだろうか、と思って。

「そう考えて行動することもできたけど、単に、今日も使うから持ち続けていただけだよ」

 特に深い理由はなかったようだ。それにしても、〝そう考えて行動することもできた〟とは、どういう意味だろうか。

「あの時はそこまで考えてなかった。けど、もしなにかきっかけがあれば、自分はそう思っていただろう……ってことですか?」

 顕示はまた何度か頷いた。なにかを確認しているようにみえた。

「……いや、言ったとおりだよ。今日も使うから持っていただけ。でも、そうすることで、あの部屋に誰も入れなくなることもわかっている。あの映像はパニックを起こすだけの影響力もあるだろうから、結果的にそれを防止することにも繋がるだろうね。でも、僕が鍵を持ち続けていた理由は、今日も使うから。それだけだ」

 自分の判断を〝選択した〟ということ……

 この人は喋る時、いつも視線が宙を向いている……

 まるで自分の内側をみているよう……

 やっぱり監視カメラのことは誰にも言わないつもり……

 わたしいま、沢山のことを同時に思っている……

 いえ、元々これだけのことを考えていたんだ……

 

 咲は自分の脳裏に様々な憶測が浮かんでいることを感じ取った。それらはただ感じただけではなく、意識としてしっかりと掴むことができた。その発想の中からどれか一つを選んで、次の思想に発展させることも容易くできてしまいそうに思えた。そんな風に今の自分を認識できた途端、また新たな答えを得た。今までは、そこまでの処理を無意識が行っていたのであって、今の自分は有意識として、好きなように認識することができているのだと。

「もし映像をみていたら、もうちょっと深刻そうな気配があってもよかったと思うんだけど、少なくともクワベからそれは感じとれなかったんだ。だから、みてないと思う」

 また、目に見えないことを理由に自分の予想を話した顕示。咲は思った。これは自分に対する自信とか、そういう類のことではなく、人のことをなんとも思ってなければできない考え方だ。「どうせあいつらはこんなことを考えている」的な、人の持つ可能性を無視した思想。普通そういうことは、思っていてもオブラートに包むなりして、別の言葉で暗に伝えるものだ。でも、この人はそういうことをしない。昨夜、バスの中で話した時もそうだった。この人は乗客たちに対する印象を平気で言ってのけた。

「……顕示さんは、人の表情や言葉から読み取って、色々なことを明らかにできるんですね。そういうのって、なにかの能力みたいです……上手く言えませんけど」

 能力と指したその〝なにか〟は、ついさっきから自分にもできるようになりつつあることだった。

 顕示は少し言葉を溜めた。

「…………無意識下で誰でもやってることさ。ただ、僕はそういうことが全くできないんだ」

「できない?」

 いや、できてるでしょう、と咲は思う。

「僕は、普通というものがわからなかった。知らずに育った。だから普通を意識する必要があった。この社会の中で生きる為に」

「……うん」

「今は、ある程度わかってるつもり。でも、その仕組みは普通とは根本的に異なる。人が無意識の内に、反射的に思うことでさえ、僕は、言うなれば、有意識で頭の中に創り上げなきゃいけない」

「創り上げる?」

「そう。笑う時も悲しむ時も……僕は普通、笑うところで笑えない奴だったし、逆に、笑わない場面で笑う奴だった。なんでもない時に突然悲しんだり、悲しむべき時に悲しめない。だから何事においても、僕はまず〝普通ならどう反応するか〟を意識する。その定義は周囲の人間を観察して学んだことだ……誰も説明できないから、そんな不確定なやり方で、強引に学んでいくしかなかったのさ。でも、人の行動パターンって結構色々あるからね、だから、頭の中で検索をかけて、項目の中から自分に合う、適切と思われる判断を選択する、そしてそれを言動に表す感覚……わかる?」

「少し、わかります」

 日常の中で、自分もそれに近いことをしていた。顕示ほど極端ではなかったかもしれないが、自分も普通を意識しなければならなかった。そうやって、社会に擬態するように生きてきた。つまり、その考え方を逆手に利用すれば、ある程度、人の行動は読めるといえる。その先読みに近いイメージを利用して、不利益を回避するのだ。

「貴方は……わたしと少し、似ています」

 顕示はくすっと笑ってみせた。

「うん、だと思ってた」

 咲も笑みで答えた。やっぱりこの人は、自分と近い存在の人だった。見知らぬ土地、異常な状況で出会えた友達……仲間――今ではそれ以上の感情さえも、芽生えつつあった。

 明るい話がしたくなった咲は、話題をかえようと思って言った。 

「そういえば、顕示さんっていくつなんですか?」

「年齢? 二十五だけど」

「あー、同い年だー」

 実は咲は、顕示のことを年下かもしれないと思っていた。自分より身長は遥かに高いし、スーツを着ているから社会人であることはわかっていたが、表情や声から、どことなく子供っぽさを感じる時があったのだ。だから、同い年だったことでたまらなく嬉しくなったのだが、途端、コーヒーを飲んでいた顕示は激しく咳き込んでしまった。

 どうみても高校生程度、いっても二十歳前後の咲が自分と同い年であったことは、人が消えたこと以上に、驚愕の事実であった。

 

 土産売り場は食べ物を物色する乗客たちで賑わっていた。そこに店員の姿はない。気に入ったものをみつけた者はレジを通さず、レストランに向かった。

「俺、一度これ食ってみたかったんだよねぇ」

 桑部は愉しげに饅頭の箱を手に取った。それは有名な名物土産の一つだった。

「お前はもう決めたか?」

「僕は……もうちょっと選んでます……」

「あ、そ……先に食ってるからな」

「……はい」

 桑部の少し長い沈黙。表情をさりげなく観察されたように思えた。

 別に、食べる物はなんでもよかった。ただ、今は桑部と少し距離を置きたかった。今の自分は人が消えた可能性のこと、そして恋人のことで頭が一杯だ。それにいつもの桑部なら、「早く選べよ、遅せぇなぁ」とか茶化すように言ってきそうものだが、そうは言わなかった。入社してからの長い付き合い。向坂は桑部の厳しさも優しさも知っているつもりだった。先の話のことで、自分に対して乱暴な言い方をしてしまったことも、自分が思い悩んでいることも、きっと察してくれている。だから別に、自分が桑部のことを気にかける必要もないと考えることができた。今は無理して合わせなくてもいい。

 もう一度、あとでゆかりに電話をかけてみよう。そう思いながら携帯電話を手に取ると、バッテリーが切れそうになっていた。どこかで充電をしなければ――その時、視線の先に良いものがあった。

 向坂は棚に陳列されていた電池式の充電器を、堂々とポケットに入れた。すると、

「向坂さぁん……万引きですかぁ?」

 いつの間にか傍にいた吉岡が、また意地悪っぽく言った。

「実はそうなんですよ。はは」

 にこやかに答える向坂。

「私も一つもらっておこうっと」

 吉岡も充電器を手に取った。

「これから食事なんですけど、一緒に食事しません? 仁村さんと、もう一人いますよ」

「もう一人?」

「さっき、人が消えるところをみたって言ってた人です」

 自分を待つ桑部のことが気になったが、別に一緒に食べる約束はしていないとも思う。なにより、今はあの人の話が聞きたいと思った。彼は他になにか知っているかもしれない。

 適当な食べ物を持って吉岡と一緒にレストランに戻った。桑部の姿を探すと、他の誰かと談笑しながら食事をしているようだった。自分が座るはずだったところに座られてしまったのだろうが、向坂は少しホッとした。これで気兼ねなく彼らと食事ができる。

 仁村とあの男が端のテーブルに着いていた。

「お待たせ」と吉岡。

「どうも」向坂も会釈をしながら席に着く。

「僕は向坂と申します」

 早速、向坂は男に自己紹介をした。

「……広野《ひろの》です。さっきはすみませんでした。騒いじゃって」

 男は広野と名乗った。

「いえ全然、気にしてないですよ。それより……僕も詳しく話を聞きたいと思うんです。広野さんが昨夜みたことを。本当に人が消えたのかどうかをはっきりさせたいんです」

 ゆかりが消えたなんて考えたくはない。でも早くこの気持ちを解消したい。向坂はその一心だった。

 向坂の後、仁村が小声で言った。

「たぶん、人が消えたって考えてるのまだ俺たちだけだと思うんですよ」

 吉岡も後に続いた。

「本当だったらなんとかしなくちゃね」

 吉岡は広野に、自分たちが把握したネットの状況を伝えた。それは広野も朝方に気が付いたことだった。不安定になった平常心に止めを刺したのは、危機感の感じられない周囲の人々だった。愉しげな会話や笑い声が広野を煽り立て、そして――なんだよ……もっと気にしろよ――感情が爆発、いや、暴発してしまった。それで、あんな風に取り乱してしまったのだ。

 三人に迫られた広野は、やや困ってしまった。

「僕は、みたことはもう全部、あの時に話しましたから。他にはなにも……」

「そうですか……」

 吉岡と仁村も残念に思った。ただ一人の目撃証言だけでは確定できないし、広野の話したあの情報だけでは進展も得られそうにない。

 すると、広野が自分の携帯電話をテーブルに置きながら言った。

「でも、ちょっと試してみたいことがあるんです……僕の携帯番号を教えるんで、誰か、かけてもらえませんか?」

 あの話の後、なんとか証拠を提示できないものかと、広野は密かに考えを進めていたのだ。そして気がついたのが携帯電話だった。

「……あっ、そうか……」

 相手先の電話は、本当に鳴っていないのかどうか。今まで謎のままだったが、こうして目の前にいる存在と試してみれば、簡単に確認できることだった。吉岡は物書きの性分のせいか、こんな単純なことに気がつけなかった自分を悲しく思った。

「なるほど……僕のでいいなら。ちょっと待って」

 仁村は自分の携帯電話を取り出し、番号を教えた。

「……じゃあ、かけますよ」

 四人はテーブルの中央に置かれた仁村の携帯に注視した。

 そして、広野がコールボタンを押した。

 

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