発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

第17話 ≪ 覚悟 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

スポンサーリンク

f:id:hyogokurumi:20190129192630j:plain

前話  第16話 ≪ 広野 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第17話 ≪ 覚悟 ≫

 携帯電話が光った途端、着信メロディが鳴り響いた。

 仁村は慌てて携帯を掴み、コールを切った。

 鳴った……電話が鳴った……
 ちゃんと、かかるんだ……

 四人は言葉にできない動揺を、事実として飲み込んだ。

「……今の、なんの音?」

 傍に来たのは、近くのテーブルに座っていた四十代くらいのおばさんだった。

 仁村は咄嗟に言葉を作った。

「お……俺の着メロ、アニソンなんすよ。すみません、うるさくて」

「あらそうなの。びっくりしたわぁ、どこかから電話がかかってきたのかと思って」

「いえー、ち、違いますよ……試しに鳴らしてみただけです」

 それは色んな意味で本当のことであった。

 おばさんは元のテーブルに戻っていった。

「……もう、マナーモードにしといてくださいよっ」

 吉岡がやや苛立ったように小声で言った。

「ごめんごめん。でも、びっくりしたぁ……」

 電話がかかること。それは重たい事実だ。おいそれと周知していいことではない――前もって示し合わせたわけでもなく、四人全員がそう考えていた。相手が特異のないおばさんだったことも幸いした。桑部のような人だったら、色々と突っ込まれていたのかもしれない。

「はぁ……やっぱり……基地局の故障じゃないんだ……」

 広野が諦めたように言った。その言葉に、無言で頷いた三人だった。

 向坂は、覚悟はしていたつもりだった。でも、心のどこかでは電話が鳴らないことを期待していた。昨夜、車内で桑部が言った基地局の故障説、あれはなんの確証もない、当てずっぽうだったこともわかっている。桑部がむかし電柱に登る仕事をしていたなんて話も聞いたことはない。それでも、その当てずっぽうはいつからか向坂の気の支えになっていた。広野が携帯に電話をかけると言った時、人が消えたのかどうかを早くはっきりとさせたいという気持ちがばかりが先走り、迷いは無理やり封じ込めた。もし電話がかかってしまったら――その先にいる自分はみえてなかった。その現実を目にした自分とは、向き合いたくなかった。

 しかし、電話は鳴った。鳴ってしまったのだ。

 昨日の今頃は社内の社員食堂で桑部とランチを食べていた。「お前、高速バス乗ったことないの? くったくたになるぞぉ くくく」と桑部が愉快そうに脅し、自分は「え~、まじっすか~」と明るく返した。そんな他愛もない日常が今では懐かしく思える。昨日に戻りたい。戻れるなら……東京に戻りたい……あのボロアパートに帰りたい……ゆかりに会いたい……また一緒にご飯を作ったり、レンタルで借りた映画を観たり……会えるなら――

 必死で押さえ込んでいた迷いや不安が、想いの全てを大袈裟に膨らませた。

 その脳の摂理に、未だ抗う術を心得ていない向坂だったが、

『困った時は人を頼れ。お前はなんでもかんでも一人でやろうとしすぎなんだよ』

 ふと脳裏を過ぎったその言葉は、入社当時、電話応対といった基本業務すら覚束なかった向坂に向けられた、桑部の喝だった。

 向坂は、その数年前の記憶にしがみついた。

 思い悩んでいるだけじゃ先に進まない。こんな時はまず、

『迷った時はまずなにがしたかったのかを思い出せ。それだけを考えて再スタートしろ』

 それも桑部の言葉だった。

「向坂さん、大丈夫ですか?」 

 やや放心気味だった向坂の様子を吉岡が案じていた。仁村と広野も

「大丈夫?」といった面持ちで向坂をみていた。

「……すみません、ちょっと動揺しちゃってて。もう大丈夫です」

 気を切替えることができた向坂。

 周囲の物音や人の声が、やけにクリアに聞こえた。

「電話は鳴ってしまいましたけど、それと人が消えたということは直接は結びついていないわけですから……まだ慌てなくていいですよね。でも、人が消えたことについては、大真面目に意識した上で今後は考えていきましょっか……どうやら、その方がいいみたいですから……」

 三人は向坂の話を聞きながら静かに頷いた。

 いつまでもこのサービスエリアに留まるわけではない。

 いつかは真実を知ることになるだろう。

 その時の為に、四人は覚悟の準備を始めたのだった。

 

 一方、顕示と咲は――

「私って、やっぱり小さいですか?」

「うん。二十歳くらいの……大学生かなって思ってた。まさか同い年とはね」

「そっかぁ……」

 身長も低いが、それより顔立ちの幼さがそう思わせる。具体的に説明すると傷つけるかもしれないので、やんわりと言うだけにした。咲が自分の体型をステータスとして認識しているようにも思えない。

 そんな話をしながら建物の中に戻った二人は、土産売り場で食べ物を物色した。

「なにがオススメでしょう?」

「旅行とかしたことないから、そういうの僕はわかんないよ」

「……一度も、ですか?」

「ない。学校行事で行ったくらいかな。修学旅行とか」

「そうですか……」

 咲は顕示の生まれ育った家庭環境を察した。一般的な家庭なら年に一度くらいは旅行に行くものだと思う。夏休みとかの長期連休中に、友達同士で旅行に行くことだって。それが一度もない? 中学生から不登校児となった自分でさえ、毎年の家族旅行はあったのに。

 どんな家庭環境だったんだろうか。咲は顕示のことが益々知りたくなった。自分と同じことがあれば、それだけ、彼との距離も縮まると思えて。

 結局、咲は見た目が可愛いという理由でヒヨコの形をした饅頭菓子を選び、顕示も同じものを手に取った。そして、適当な飲み物も持って、レストランに向かった。

 端の方の席がいい。そう思いながらレストランを見渡すと、丁度いいテーブルが空いていた。クワベのいる席からはだいぶ離れているし、それでいて、他の乗客から離れすぎてもいない。話し声も少し小声を意識すれば問題ないだろう。

 そうして食事を始め、ヒヨコの数が半分くらいになった時だった。

「さっきの話の続きなんだけど」

 顕示がやや小声で言った。

「〝話し合い〟のことですか?」

「いや、〝話し合いの後〟のこと」

「……〝あれ〟の検証のことですか」

「そう……たぶん、雪が止むまではここで待機する方針で話はまとまると思う。現状からみて、全体を考慮した合理的な判断といったらそれしかない。少なくとも、今日のところは全員に仕事がついてなにかしなくちゃいけないということにはならないと思う。でも明日からはわからない。あの部屋に誰かが気づくかもしれないし、焦りや不安をオープンにする人もでてくるさ。つまり、昨夜みたいに自由に動けるのは今日が最後かもしれないんだ」

「……はい」

 また少し長い話。でも、今はついていける。

「話し合いが終わったら、あの部屋に行って映像を検証する。それが終わったらここからでる準備をする。これを夕方までには終わらせて、皆が寝静まったらここからでよう」

「準備って、なにをするんですか?」

 すると顕示は、人差し指をテーブルに当て、文字をなぞった。

 

 ……『く』

 ……『る』

 ……『ま』

 ……車? そう読めた。

「でも、どうやって?」

 人が消えた定義は定かではないが、あの映像をみる、限り走行中の車も一緒に消えたはず。車の鍵だって、そこらにあるものではないだろう。どうやって動く車を用意するのか。

「当てはあるから。大丈夫。後で話すよ」

 まさか映画のように配線をちぎって繋いでエンジンを無理やりかけるのでは。この人はそんなことまでできてしまうのか。昨夜も自分の携帯電話を説明書も読まずに操作していたし、パソコンの監視カメラの映像も簡単に操作していたようにみえる……いや、あれくらいはむしろできて当り前なのか。

 咲も、自分なりに考えてみた。

 ――鍵……鍵…………

 当てはあるらしい。でも、自分にはわからない……

 そうだ、顕示さんのように考えてみれば……

 鍵は人が持つもの……

 車に差すもの……

 人がとる行動を……

 ここにあるものは……

 駐車場……車……高速道路……建物……トイレ……

 …………トイレ?

 

「……わかった」

 というより、〝見えた〟に近い感覚を得た。口元が自然とにやけてしまった。

「ん、そうか」

 恐らく顕示は鍵が差さったままの車を狙っている。日常的に高速道路を使っている人が、トイレだけの為にここに寄って鍵を差したまま車を離れる。それはありえると思えた。ということは、この大雪の中、外にでて車を探すことになる。でもトイレの近くだけなら。トイレの位置を知っている人なら傍に止めるはずだから。

「でも、上手くいくでしょうか……あの部屋のことに、車のこと……誰にも悟られずにやるんですよね?」

「全然、大丈夫。なにも気にしなくていい」

 顕示はパクパクとヒヨコを口に運びながらさらっと言った。

 その根拠を詳しく聞きたいが、周囲に人がいるこの場では、聞き難かった。 

 

 丁度、食べ終えた時だった。ガタガタ、ギギギとなにかを動かす音がした。その方をみると、クワベや他の男たちがテーブルや椅子を並び替えていた。話し合いのセッティングをしているようだ。

「手伝おっか」

 顕示が席を立ち上がりながら言った。

「……はい」

 あまり目立つような動きは避けたほうがいいのでは――そう思った咲だったが、これこそが今の自然な行動であることにすぐ気がつけた。他の人も、席に着いていた人たちは手伝っている。

 なんに対しても分析するように考える癖のついてしまった咲は、自分自身に戸惑いを感じていた。自分たちが寝ている間にレストランでなにがあったのか……あの話の後から、自分はどこかが変わってしまった。自分は自分、それはわかるのに、どこか違和感がある。でも、今の自分に悪い気はしなかった。

 乗客たちは四角型に並べ替えられたテーブル席に着いた。

 ざわついていた場も、桑部が鞄からノートやペンを用意し始めると同時に、静まり返っていった。

「――では、今後のことについて話し合いを始めたいと思います……えー、わたくし桑部と申します。僭越ながら進行役を勤めさせて頂きます。どうか、宜しくお願いします」

 立ち上がった桑部が挨拶をし終えた途端、パチパチと拍手が飛んだ。手を合わせたのは年配の人たちだった。

「いやいやっ、そんなっ。ははは……」

 笑みを作って静止を示す桑部。それをみて他の乗客たちも茶化すように拍手をマネた。

 静まり返っていた場は、ほんの数秒の拍手で、和やかなムードに包まれていった。

 

次話