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言葉は嘘をつきません

第18話 ≪ 探検隊 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第17話 ≪ 広野 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第18話 ≪ 探検隊 ≫

「皆さんで、意見や希望を出し合っていく形にしたいのですが、えー……、まずは現状を再確認したいと思います。我々は今、この竜瓜山という山の中にある、竜瓜サービスエリアという所にいます。周囲の人工物はあの高速道路くらいなもので、最寄の町までは、ここからここまで……およそ、二十キロほどの距離があります」

 桑部は広げた地図を片手に、ペンで指しながら現在位置と町まで距離関係を説明した。地図は土産売り場の売店から持ってきたものだろう。小さな地図だったが、大体の位置関係はそれで掴むことができた。

「……そして、この吹雪の為に身動きが取れません。また、テレビと電話は使えず、外部の情報が得られない点からも、孤立した状態に等しいと考えられます」

 ネットのことは、まだ気がついてないのだろうか。仁村と吉岡、広野たちは疑問をもったが、向坂だけがその答えを知っていた。桑部は普段からネットをしない人なのだ。社会の情報は新聞と本から得る。「それが自分のやり方だ」と、入社したばかりの頃、桑部に初めて誘われた酒の席でそんな話を聞かされた。当時は時代錯誤だと思ったものだが、桑部の知識や判断力は本物だった。他部署の人からなにかと相談を受けることも多く、人望も厚い。

「幸い、ここには食料も豊富ありますので、しばらく滞在することが可能です。お風呂はありませんがね。まぁ、雪も降っていますので、少なくとも、天候が落ち着くまではここに留まることが、妥当な判断かと私は思います」

 桑部は一呼吸、間を開けてから言った。

「ただ……問題はあります」

 問題? 顕示は桑部の意見に興味をもった。

「あちらの売店をみたんですが、医療関係の物は絆創膏や消毒液くらいしかありません。万が一、緊急を要する怪我や病気を抱えてしまった場合、打つ手がないのです。一応聞いておきますが、この中にお医者様か、医療の心得がある人はいますか?」

 乗客同士で顔を見合わせるが、誰も名乗らなかった。

「……となると、体力のある人が町まで行くのが賢明だと思います。救助を要請できればいいんですが、もしかしたら町の方も、ここのような混乱状態にあるかもしれません。それが叶わない場合は、バスのような大型車の移動手段を得た上で、迎えに来るということです。朝出発して、すぐに車が手配できれば夜には戻ってこれるでしょう。これは天候を度外視した上での仮定ですが、道中トラブルがなければ、一番確実です」

 確かにそうだといった様子で、静かに頷いた乗客たちだった。ここからは自分たちの力で脱出するしかない。救助を待つよりはそのほうが賢明だろう。この時、顕示も頷いていたのを咲はみていた。顕示は病人が出た場合のことを考えていなかった。桑部の意見に素直に感心したのだった。

「……ここまでが私の方で考えていた今後のプランです。他になにか、今の我々に足りないと思えることや、必要だと思えることがある人は言って下さい」

 やはり人が消えた話には触れないのか――桑部がなにを話すかを事前に聞いていた向坂は、ここではっきりと桑部に対して距離感をもった。この場でその話をしたところでなにか解決に向かうわけでもない。そういう現実に免疫を持てない人もいるだろう。それはわかっている、でも――桑部に対する小さな不満のような感情がわだかまりとなって圧し掛かる。

 人が消えた可能性のことばかり考えていた仁村たち三人は、考えを改めていた。正直、その話にも触れてほしかったが、今、最優先で考えるべきことは、移動手段に違いない。

「……誰かよぉ」

 そう言ったのは作業着の男だった。

「車のエンジン無理やりかけるの、できる人いねーか? ほら、映画でよくあるじゃん……お、俺は出来ねーよ?」

 駐車場には無数の車が放置されている。一台でも使えればいいのだが。

「まぁ、今更持ち主云々という話もないですが、それが出来れば万事解決ですね。誰か出来る人はいませんか?」

 苦笑気味に桑部は言った。しかし、誰も名乗らなかった。

 溜息の様な空気が場を包む。

 暫しの沈黙の後、桑部が口を開いた。

「……きみはどう思う? なにか意見はないかな?」

 桑部が視線を向けたのは、顕示だった。

 咲は心臓の鼓動が高まるのを感じた。桑部が顕示に話し掛ける――それだけでもう怖い。平常心を強く意識する。

 そして、顕示はゆっくりと立ち上がった。

「……全体を考えた上での提案として、先の話は全面的に賛同です。今は天気予報も確認できない状態ですが、雪は明日にも止むかもしれません。いつでも出発できるよう、今日中に準備を整えておくのがいいと思います」

 うんうんと頷く桑部。

「……あと、ひとつ。今日はまだ日が暮れるまで時間もあります。判断力や勘に自信のある人を加えた、五名程の探検隊を作って、上り側サービスエリアの様子を確認しに行くのは如何でしょうか」

「上り側? あぁ、あっちね」

 なるほど、と思いながら桑部は相槌をした。

「大した距離じゃないですし、あっちは電話が機能しているかもしれません。なにより、もしかしたら我々のように取り残された人がいるかもしれません。少し寒い思いをしますが、確認する価値は大きいでしょう……以上です」

 もう地球上には自分たちしかいないのかもしれない。それも覚悟していた向坂だったが、顕示の言葉で〝消え残り〟の可能性はゼロでないことに気が付いた。昨夜も建物の裏手に行った時、人の足跡をみている。もしかしたらゆかりも、今の自分のように誰かとこうして話し合いをしているのかもしれない。

 咲は、顕示の大胆な行動に驚いていた。そして昨夜、厨房で桑部に話しかけられた時の様子が思い起こされる。なにか意図があって顕示が演技をしたこと、それ以外のことはよくわからなかった。でも、今ならわかる――人を手の上で転がした。必要とあらば平然とそれができる。それが顕示さん――この人はやろうと思えば簡単に人を操作できてしまうのだ――あの桑部さんって人、探検隊に加わるしかないじゃない……そうなってくれればあの部屋に行く隙だって、車を探す時間も作れる……そうか、自分にとって都合の良い状況。それは運任せじゃなく、自ら創り上げるものなんだ。この人はきっと、ずっとそうやって生きてきたんだ――

 顕示は、食後に話し合いをすることを表で聞いた時から、このストーリーを考えていた。上り側サービスエリアの探索を提案し、目敏い人間にはしばらくの間いなくなってもらう。そんな奴らなら、あっちの状況がどれだけ重要な情報なのか、語るまでもなくわかるだろう。気になって当然。むしろ行く機会を窺っていたはず。

「確かに、一度あちらの状況を確認しておくのがいいですね……移動手段のことや、抱えている問題や謎も、全部解決できるかもしれません」

 顕示に自分の解釈を述べた桑部は、また全員に視線を配った。

「雪が降っているということ以外、特に危険はないと思いますが、どなたか志願者はいませんか? ちなみに私は行きます。気になるので」

 そう言いながら桑部は理想のメンバーを考えた。

 一人目はすぐに決まり、隣の席にいる相棒に確認した。

「お前も行くよな?」

 そう聞かれた向坂は、躊躇した。あちらの状況も気になるが、いま桑部とは一緒に居辛い。なによりも、今は車を探す時間がほしかった。あれだけの車があるんだ。一台くらい、キーが差しっ放しの車があっても不思議じゃない。人以外のものは残っているはず。自分はもう決めたのだ。動く車をみつけたらそれで東京に帰ることを。ゆかりを探しに、一人でも……しかし、桑部にそれを悟られてしまったらきっと咎められてしまう。あの人は〝車は皆の物〟ということにするだろう。黙って行かせてくれるとは思えない。勿論、言い争いもしたくない。

 向坂は桑部に対し、尊敬の念を忘れたことはなかった。社会人としての生き方も楽しみ方も、辛さも教えてくれた桑部。仕事が辛すぎて参っていた時も、桑部の言葉で立ち直れた。何度も助けてもらった。だが、その頼れる桑部の存在が、今ばかりは疎ましかった。

「僕は……こっち側の様子をみています」

「は?」

 予想外の返事に、桑部はやや驚いた。

「あっちは桑部さんに任せますよ」

 相棒は妙に明るい口調でそう言った。俺に対して「任せる」だと? 上司に対する失言もいいところだ。が、そう思いつつも、頼りがいのある相棒の言葉に思わず笑みがこぼれる。

「言うじゃねぇかよ。まぁいい、わかった」

 確かに、二人ともここから離れるより、どちらかが残ったほうがいいと思えた。今のところ気兼ねなく話せるのはこいつだけだ。

 そして、視線を前に戻した。一人でいい。迷っている様子の人がいたら言葉で背を押してやろう、そのつもりで端から乗客の顔を窺う桑部。本当はあと二人目星をつけているが、すぐに聞くと「メンバーはもう決めているんだ」と思われるかもしれない。それはよくない。

「俺、行くよ」

 作業着の男が手を上げてくれた。よかった。ほしかった人材だ。

「力仕事があったら任せます」

 桑部は笑みで答えた。

「おう、任せとけぃ」

「宜しくお願いします」

 他に誰か、そう声を上げようとした矢先だった。

「僕も、行きます」

 若い男がひょろんと手を上げた。人が消えたと騒いだ若者だ。

「おぉ、行ってくれますか」

 人が消えるといった話は見間違いだと思うが、細かいことにも気づきやすいタイプなのかもしれない。桑部は自分のことを、肝心な所で大雑把になる性格と分析していた。だから、そういう人材がいてくれることは、素直にありがたいと思えた。

「はい、宜しくお願いします」

 人が消えた瞬間を目撃したのは自分だけだ。〝見た〟からこそ気がつけることがあるかもしれない。自分は行くべきだろう。なにより、本当に人が消えたのかどうか、その真実が知りたい。広野はその義務感にも似た意思に身を委ねることにしたのだった。

 あと一人はほしい。その最後の一人は、彼がいい。

 桑部は十分に周囲を見渡してから顕示に視線を当てた。 

「きみは?」

 桑部はまだ名も知らぬその青年に一番参加してほしいと思っていた。厨房の件といい、彼は頭も回るようだ。今後のことに対する期待もある。一度じっくりと話もしてみたい。しかし、

「言いだしっぺなのに申し訳ないんですが、私は彼女についていたいので。こっちに残ります」

 そうだった。彼は恋仲と一緒だったのだ。

「さいですか……仕方ないですね」

 探検隊に自分が指名されてしまったら、どうするつもりだったのか。咲は自分を顕示の立場に置き換え、それを回避する方法をずっと考えていたが、なるほど、そう言えば相手も無理強いできない。

「……あと一人くらいほしいですね。どなたか探検が好きな人はいませんか?」

 何事においても、正解が見出せない場合、桑部は〝四点〟を基準に考えるようにしていた。なんでも四つの要素に分解すれば組み立てやすくなり、貴重な時間の確保に繋がる。それは自論でもあった。今回の場合は探検隊の人数である。その自論に沿ってメンバーは四人と決めたのだった。実際に四人いれば、仮に一人が怪我をして一人が肩を貸すことになっても、二人は自由に動ける。四人にした理由はそれだけでも十分だった。

「……私、行きます」

 ニット帽を被った若い女が細い腕を上げた。桑部はその女性を覚えていた。昨夜バスに戻った自分たちに、真っ先に声をあげた子だ。

 相手が女性ということもあり、一応、気を遣う。

「大丈夫? 寒いよ? あっちがどうなっているかもわからないですし」

「私は大丈夫です。それに、女性がいた方が都合の良い場面もあるかもしれませんよ」

 言われてみればそうだった。いることに越したことはない。

「なるほど、わかりました」

 人が消えたことも気になる吉岡だったが、期待を胸に未開の地に赴くこと、そのシチュエーションが妙に好奇心をそそったのだった。

 こうして探検隊のメンバーが決まった。その後も話し合いは続き、食料の配分や荷物の置き場所など乗客たちの意思統一が行われた。

 

 僅かずつ構築されていく秩序に、顕示は思った。
 やはり、ここには長くいられないと――

 

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