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言葉は嘘をつきません

第19話 ≪ 顕示 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第18話 ≪ 探検隊 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第19話 ≪ 顕示 ≫

 話し合いが終わった後、乗客たちは手分けしてテーブルを元の配置に戻していた。顕示と咲はそのごたごたとした隙をついて、売店エリアにある従業員用ドアを通った。

「それ、なんですか?」

 手に平たいものを持っている顕示。さっき売店を通った時に取ったものだ。
「DVDだよ。このディスクにあの映像を保存するんだ。監視カメラの映像って、ところてん式に古いのから消えちゃうから、早めに確保しておかないとな」

 本当は容量の多いUSBメモリーがほしかったが、それは置いていなかった。

「どれくらいで消えるんですか?」

「ハードディスクの容量次第だけど、一般向けの機材なら半月程度じゃないかな。一ヶ月以上は厳しいと思う」

 監視カメラの映像は、人が消えたことを示す唯一の証拠なのかもしれない。他の人たちは映像が消えるまでに気がつけるのだろうか。もし気がつけなかったとしたら、なにも言わずにここを去ることは罪なのだろうか――咲はその罪悪感にも似た感情を客観的に認識していた。

「ここの映像はたぶん貴重だよ。人が消える瞬間だけじゃなく、消え残った僕ら乗客も映っているからね」

 顕示はそう言いながらカギを回し、電源管理室のドアを開けた。昨夜ここを出る時、キーボードの上に載せておいた紙切れがそのまま残っていることを真っ先に確認する。部屋の様子に変化もない。自分たちの後、誰もこの部屋に入っていないようだ。

 席に着いた顕示はディスクの封を空け、パソコンのトレイに放り込んだ。そしてカチャカチャとパソコンを操作する。咲はよくわからないままみていたが、顕示はここで監視カメラのツールを立ち上げならが映像のコピー操作も同時進行で行いつつ、音声再生の有無も確認している。監視ツールの録画機能は映像のみだった。

「……じゃあ始めるよ。前提としてこの映像は合成や悪戯ではないと仮定する。検証目的は〝消滅の定義〟を見極めること。気になることをみつけたらなんでも言ってね」

「わかりました」

 そうして、人が消えた場面が画面に映し出された。

 顕示は、最もわかりやすいと思えたレストランの映像に注視する。

「ここだ。〝これ〟が昨日もよくわからなかった」

 顕示は少し巻き戻し、レストランで食事をする男性を指差した。

「見てて」

 男が消えた。食事の乗ったトレイも一緒に消えた。

 この場面は咲も覚えている。

「人が触っていたものも、一緒に消えたってことですよね?」

「僕も最初はそう思った。でもその表現だとどう考えても不十分なんだ。それならトレイは残っていなくちゃおかしいし、衣服だってその場に残されてもいいはずだ。でもそれらも一緒に消えたとなると、解釈としては〝人体が触れていた部分は消えた〟とした方がスッキリする……ここまではわかる?」

 確かに〝人が触っていたもの〟では認識として不十分だ。〝触《さわ》る〟と〝触《ふ》れる〟では大きな違いがある。

「はい……表現や認識の話ですか?」

「それもあるんだけど。えっとね、〝人体が触れていた部分は消えた〟と仮定すると大部分の辻褄は合うように思える。衣服は人体に触れているし、トレイや他の茶碗も手首に触れているようにみえる。でも昨夜、咲も言っていた〝じゃあポケットに入っていたものはどうなんだ〟ということと、もっと気になるのがこれ……」

 顕示は男性の隣の椅子の辺りを指差した。

「これって、このおじさんの鞄じゃないかな」

 ほとんどテーブルに隠れてしまっているが、茶色い、取っ手のついたものがみえる。

「たしかかに、鞄にみえますね」

「これがさ、一緒に消えるんだよ」

「え?」

 男性は右手に箸、左手に器を持っている時に消えた。両手が塞がっているのだから、手で鞄には触れることはできないし、他の部分だって衣服に阻まれていることは明白である。

 人体のどこにも触れていなかったものが、一緒に消えているのだ。

「ほんとだ……どうして……」

 顕示の言うとおり、単純な現象ではないように思えた。

「手に持っていたとか、体に触れていたとか、そう物理的に考えるんじゃなくて、これはもっと抽象的に考えるべき事象だと思うんだ」

「抽象的?」

「うん。つまり、消えた瞬間、〝自分の一部〟と認識していたものは一緒に消えたんじゃないかな。自分に置き換えてみても、脇に置いた自分の鞄の存在は意識するだろうし、注文した食事はトレイも含めて自分のものだからね」

「……まだ大雑把な気がします」

「え? 駄目?」

 顕示はくるりと椅子を回して咲の方に体を向けた。

「いえ、最初の話よりは正解に近づいていたと思います。けど、ポケットとか鞄の中に入っているものとか、全部覚えているものでしょうか? それが気になるんです」

「あぁ、そうか……そうだな…………」

 顕示は視線を宙に向けた。

「……じゃあそれなら〝消えた物の中に入っていたものは一緒に消えた〟という定義も付け加えてみようか…………うん、それなら今のところ辻褄は合うね」

 また振り出しに戻ったかと思ったのに、顕示はもう解答を得たようだ。

「……えぇ、矛盾はないと思います。今のところ」

「よし、これを仮定義としよう。〝人が消えた〟。〝人が自分の一部と認識していた物も一緒に消えた〟そして〝消えた物の中に入っていた物も一緒に消えた〟。その前提で映像を確認しようか」

「わかりました」

 映像を観ながら咲は顕示の頭の瞬発力に驚いていた。これまでにも大胆な発想には驚かされてきたが、今まではいつから〝それ〟を考えていたのかがわからなかった。でも、今のは一瞬で考え抜いたことがわかる。やっぱりこの人は普通じゃない。

 咲の考えた通り、顕示は体のある一部の働きが常人離れしていた。

 その部位とは、『脳』である。

 顕示は〝いつでも好きな時に閃くこと〟ができる、特殊能力を有していたのだ。

 

 ――喫茶店を営む両親の元で育った顕示の家庭は、悲惨極まりない環境だった。酒とギャンブルに溺れた父と、神経質な母との間では夫婦喧嘩が絶えず、罵声と怒号の中で顕示は育った。毎夜深夜まで続く罵りあいは顕示の全てを妨げ、ぐちゃぐちゃにかき乱される精神と向き合うことを余儀なくされた。顕示は小学生にして感覚を殺す術を得てしまう。いつからか父が母を殴り倒す光景をみても、なんとも思わなくなっていた。

 学校にいる時の顕示は人一倍明るい生徒だった。クラスメイトと遊んでいる時だけが自分を解放できた。しかし、それも長くは続かない。中学生になった矢先、顕示は言葉が理解できなくなり、文字も読めなくなってしまう。聞こえているのにわからない。読めているのにわからない。そんな状態で、他者との意思疎通が成立するわけもなく、自分の記憶すら信用できなくなってしまった。元々勉強が苦手だった顕示の学力も最底辺にまで落ち込んだ。自尊心も失い、呂律も回らなくなった顕示は口を閉ざすようになる。この頃から喜びや悲しみ、怒りが理由もなく突発的に膨れ上がるようになり、状況を問わず、突然笑ったり泣いたり喚いたりするようになってしまった。同級生は顕示を気味悪がり避けた。教師は喜怒哀楽を好き勝手に振舞う顕示を、精神年齢が幼いと迷惑がり、冷たく当たった。家庭訪問では授業妨害を厳しく追及され、両親は顕示を「真面目になれ」ときつく叱った。病院に連れて行ってくれと頼んでも酷く叱れらた。「お前は心が弱い」と。

 顕示は、自分はおかしくなってしまった、いや、元々おかしかったのかもしれないと考えるようになる。顕示の両親は『創世会』と呼ばれる宗教団体の信者だった。それが宗教活動の一環だとは知らないまま、自分も小学校を卒業するまでは集会などに参加していたのだった。両親からは「他の子もやっている」と聞かされていた。中学生になり、創世会が宗教であることを知ってからは参加を断わるようになった。顕示にとって宗教は頭のおかしな人がすることだった。だから嫌だった。そんなことをしている両親に育てられたのだから、自分の頭が普通からズレていたとしても、不思議ではないと考えた。父と母の言動を思い返しても、まともな人間には思えない。だから自分も、おかしな人間に育ってしまったのだと。

 でも、どうすることもできなかった。誰の助けもなかった。いま自分が抱えている問題について、この社会は未だ解決方法を見出せていないこともわかっていた。大きすぎる壁――思考を止めることで最低限の自我を保っていた。

 そんな人生に、夢も希望もなかった。

 

 ぼくは狂いました

 これいじょう人に迷惑をかけたくありません

 だから死にます もう疲れたのです

 父へ お酒とギャンブルはやめてください

 母へ 生んでくれてありがとうございました

 学校のみんなへ 迷惑をかけてごめんなさい

 最後に 先立つ自由をぼくにください

 そして ぼくのことは忘れてください

 

 中学二年生の夏休みだった。決行当日を迎え、遺書を書き終えた顕示は自室の天井裏から吊るしたロープに首を通した。そこまでの作業はなにのためらいもなく行われ、死の準備は黙々と進められた。

 そして、あとは椅子を蹴飛ばすだけとなった、その時だった。

 母の声が聞こえた。お友達から遊びの誘いだという。それは小学生の頃、特に仲の良かった高月からの電話だった。高月は顕示とは違う中学に進学していた。

 待ち合わせ場所は二人が通っていた小学校だった。高月は、最近読書にはまっていることや、彼女ができたなんてことを愉しげに話した。しかし、顕示は単調な相槌しか打てなかった。そんな自分に耐えられなくなり身の上を全て話すことにした。ついさっき、自殺しようとしていたことも。

 

 ははは じゃあ 俺は命の恩人になるわけだ

 ……だな
 
 波乱万丈だね そういう人生ってなかなか歩めるもんじゃないと思うよ 羨ましくはないけどね

 ……そう 異常すぎる 僕はもう普通じゃない 普通にもなれないんだ

 ふむ そう思えるってことは 逆に普通を理解しているってことにもなると思うけど きみの言う普通ってなんなんだ

 ……わからない

 そうか で これからきみはどうするんだい? やっぱり死ぬか?

 ……死にたくない 

 じゃあ 生きようか

 ……わかった

 なんの為に?

 ……また笑えるようになりたい

 その為にこれからどうするんだ?

 ……まず 普通を理解する してやる 沢山勉強する 何年かかってでも 普通になってやる!
 

 顕示は全てをゼロから学び直すことを決意した。生きる為に。

 高月の勧めもあり、顕示はまず本を読むことにした。最初は全く読めず、半ば強引に文字を追いかけていった。そうして、無意識に任せていた言葉と文章を、有意識の元に学び直していった。顕示の進学は絶望的だったが、その猛勉強の甲斐もあって、高月と同じ高校へ進学することができた。合格発表の時、顕示は高月に支えられながらわんわんと泣いた。勉強して高校へ行くことは、普通の証の一つだった。

 勉強はできるようになったが、結局、意識しなければ〝普通〟に振舞うことはできなかった。気を抜くとすぐに異常な思考の元に、普通からズレた言動をしてしまう。それでも、社交性のある高月を通して、交友関係も順風満々に送ることができた。

 しかし、一度枷の外れてしまった顕示の精神崩壊は留まることを知らなかった。気が付けば独り言を言うようになり、人に心が読まれているような感覚にも見舞われるようになった。自殺願望、幻聴、幻覚、不眠症、妄想症――統合失調症と思しき精神状態に陥りながらも、それらの感覚を平然と客観視できてしまう自身と頑なに向き合い続けた。その苦行のような日常は、別に辛くはなかった。自分自身を追及し理解することは、顕示の生きる目的になっていた。

 そして、高校を卒業する頃には、頭の中に浮かぶイメージを全て認識できるようになっていた。

 顕示はその能力を、社会の中で磨くことを決意する。

 高校卒業後、顕示は両親と高月に別れを告げ、一人、東京へと向かったのだった。

 

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