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言葉は嘘をつきません

第20話 ≪ 消失の定義2 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第19話 ≪ 顕示 ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第20話 ≪ 消失の定義2 ≫

 テーブルの上には、レインコートや透明傘、消毒液や絆創膏、菓子類といったポケットに入る大きさの食べ物など、〝探検グッズ〟が寄せ集められていた。医療品や食料は、上り側のサービスエリアにも同じものはあるだろうが、念の為、持っていくことにしたのだ。

 それらの装備品を準備した探検隊はその席に着き、桑部の話に耳を傾けていた。

 探査時間は往復の移動時間を含めて最長四時間。十七時までにはこちらに帰還する。優先事項は人の存在、もしくは人がいた痕跡の確認。そして可能なら移動手段、及び外部との連絡手段の確保を目的とした。

「………こんなとこでしょうか。他になにもなければ、十五分間の小休憩を挟んで、十三時には出発しましょう」

 桑部はレストランの壁掛け時計を確認しながら言った。日が暮れるまでには戻るべきだと考えた。

「……あの」

 吉岡が口を開いた。

「私たちが戻れなくなった場合についても、決めておいたほうがいいんじゃないでしょうか」

「その場合とは?」と、桑部。

「はい。一つは、事故や大怪我に遭って全員が身動きとれなくなってしまった場合。もう一つはあちらに危険があって、全員が帰らぬ人となった場合……不吉な意見であれなんですけど、どちらの場合も二次災害が懸念されます。前者の場合は救援に来てほしい状況ではありますが、後者の場合は、来てはいけないという状況です」

 そんな危険などあるわけがないとも思った桑部だったが、最悪のケースは想定しておくべきだと頭を切替えた。

「うん……では、こうしましょうか。危険な行動は可能な限り避けること。まぁこれは当然なんですが。その上で、一人でも怪我人が出たら探査は中止して戻ることにしましょう。怪我に繋がるような荒っぽいこともしない……これで前者はクリアできるかと思います。で、後者の場合ですが、時間になっても戻らなかったら見捨ててくれ、ということで如何でしょうか……そこまでした上でも、この四名が死んでしまうような場所に、また人を送り込むわけにもいかないですし」

 桑部は淡々と言いながらも、恐ろしいことを話しているもんだと思っていた。正直、後者のケースは絶対に起こりえない。しかし、犠牲者を増やさない為にも必要な判断だろうと、そこは冷静に受け止めることにした。

 作業着の男、片岡《かたおか》が言った。

「……まぁ、それしかねぇだろうなぁ」

 広野と吉岡もそれでいいと頷いたが、頭の片隅には携帯電話のことがチラついていた。もし本当に救助が必要になった時は、仁村に連絡をとればいいと。 

「ちなみにさ、危険ってどんな状況?」

 桑部は笑みを作って吉岡のストーリーに興味を示した。

「……えっと、現実的には建物の崩落や、野生動物の襲撃が考えられます。ここは山の中ですし。あと、この混乱に乗じて反社会的な行動をしている人が潜伏しているかもしれません」

 話に和みを持たせる目的で聞いた桑部だったが、吉岡の真面目な言いっぷりに、思わず考えさせられてしまった。建物崩落の可能性はゼロとは言い切れないし、ここは山奥なのだから獣がいても、まあ不思議ではないだろう。危険な猛獣かもしれない。そして、人間がいたとしても、そいつが友好的であるとは限らないのだ。

 

 打ち合わせが若干長引いたので、出発は十三時十分となった。

 広野と吉岡はトイレに向かい、片岡は武器になりそうなものを求めて売店に戻った。

 桑部は、迷彩服の若者と話していた向坂を呼びつけ、先の打ち合わせの内容を伝えた。

「――というわけだ。でな、もし十七時になっても俺たちが戻ってこなかったら、誰もあっちに行かないように周知してくれ」

「……わかりました」

 最長で十七時。早めに戻ってきた場合も考えて、十六時までには終わらせるべきか。

 向坂はレインコートを着込む桑部をみながら、車探しに充てる時間を計算した。

「なにが起こるかわからないからな。もしもの時は……後のこと頼んだぞ」

 桑部たちは命の危険さえ覚悟して探査に赴く。そう思うと、桑部を疎ましく思っていた自分に不快感が走った。

 それでも決意はかわらない。かえられないのだと、自分に強く言い聞かせた向坂だった。

 

 出入口へ向かった桑部の背を見送りつつ、向坂は仁村のいるテーブルへ戻った。乗客たちとの打ち合わせが終わった後、向坂は仁村に車探しの協力を持ちかけていた。恋人を探したい、だから自分はどうしても東京に帰りたい、その為にも車が必要だ、車をみつけて一緒に東京に帰らないか、と。

「なんの話だったんです?」

「打ち合わせの内容を聞いてました。最長で、十七時までは戻らないようです」

「……あと四時間弱か。時間は十分っすね。まぁ、僕はいいんですけど、上司の桑部さんのことは、いいんですか?」

「あの人はもう、ここの人たちを放ってはおけない立場になっているから。車の独占は許さないと思うんです。絶対に」

 仁村は桑部のことはよく知らないが、あの堅物そうな喋り方や表情からみて、向坂の言っていることは大袈裟ではないと思えた。

「なんとなく、わかりました……じゃあ、なんとか二台みつけませんか。そうすれば、一台は置いていけますよね」

 車を二台、みつけることできれば……向坂はストーリーを想像した。

 

 ……動く車をみつけました 二台あります でも一台は僕が使います

 お前 なに言ってるんだ

 ……行かせて下さい

 自分優先で考えるな 他の人だって 大切な人がいるんだぞ

 ……そんなこと 僕には関係ない!

 馬鹿野郎! 考え直せ!

 

「……駄目だ。それでも黙って行かせてくれるとは思えません」

「そうですか……」

 桑部という人は、相当厳しい人なんだろうと仁村は思う。

「でも、なんとかして二台……みつけましょうか」
 一台だけでいい。ここに置いていくことができれば、少しは心の痛みも和らぐだろう。それに、今こうしている間にもゆかりは、一人で町を彷徨っているのかもしれない。危険な存在から身を隠しているのかも、怯えながら自分を探しているのかもしれない。そう思えば思うほど、決意は強固になっていった。あの人は独身だし、恋人もいないんだ。こんな自分の気持ちはわからないだろう。

 ゆかりの身に万一のことがあったら――そんなことは考えたくなかった。だから、一秒でも早く東京に帰るのだ。

 

 一方、電源管理室では顕示と咲による映像の検証作業が続けられていた。何度も映像を見直すが、仮定義として定めたことに、今のところ矛盾はない。映像にも見飽きてきた頃だった。

「そろそろ打ち切ろうか。これ以上は何度見直しても同じだと思う。ここらで一旦まとめよう」

「……はい」

 疲れたのか、咲の声はかすれているように聞こえた。ずっと映像をみていたのだから、無理もないだろう。

 顕示は映像をみながら書き留めたメモを片手に、検証結果を述べた。

「えっと、事象の正体は仮定義とした、〝人が消えた〟こと、〝人が自分の一部と認識していた物も一緒に消えた〟こと、そして〝消えた物の中に入っていた物も一緒に消えた〟という認識でほぼ合っていると考えられる」

 咲は頷きながら話を聞いた。

「走行中の車も消えていることからみて、恐らく運行中の電車や飛行機といった乗り物も乗客と一緒に消えているはず……あとこの場所からじゃわからないけど、もしかしたら、どこかで火事が起きている可能性もある。事象発生時刻からみて火の手があがった箇所は限られているだろうけどね」

「……時間といえば、深夜帯だったからほとんどの携帯電話は充電されていた状態だったはず。だから電話のコールが鳴っているんだ。日中で持ち歩いていたなら、一緒に消えただろうから」

 そこまで言い終えた顕示はふと咲をみる。咲は話は聞いているようだが、どことなく考え事をしているようにみえた。

「咲、どうした?」

「あっ、ごめんなさい。聞いてます……ただ、ずっと思っていたことがあって」

「なに?」

「上手く言えませんが、消え方の都合がよすぎると思うんです……まるで、人が消えたかどうかを、迷わせるような消え方じゃないですか?」

 自信なさげな言い方だったが、咲は最後に「絶対に変です」と言い切った。

 それは、顕示が最後に話そうと思っていた内容でもあった。

「……きみがそういう考え方ができる人で本当によかった。僕もそう思っていたんだ。こんな消え方は不自然にも程がある。三流のSF小説家でも、もうちょっとマシな消え方を考えるだろうよ」

 今はまだ、具体的な根拠はだせない。それは咲もそうだろうし、自分も同じだった。

 顕示は、レストランにいた客が消える場面の映像を指差した。

「これは神様の仕業でも自然現象でもない。どっかの馬鹿の〝意思〟が、この世界をこんな風にしたんだ」

 この状況は〝馬鹿の仕業〟だという顕示。つまり、人間の仕業。

 咲も、自分の考えを突き詰めるとそこに行き当たることに気づく。

「私もそう思います……あ、でも私はまだ、なにの確証もなくって」

 しかし、根拠はなかった。顕示ならもう確証を得ているのかもしれないと思ったが、顕示も持ち合わせていないようだった。

「じゃあ顕示さんは、どうして人がやったと思ったんですか?」

 咲は自分も問い返せる立場ではないことはわかっているが、聞かずにはいられなかった。

「咲の言った通りだよ。消え方の都合が良すぎる。これは人間社会のことを理解してなきゃできない消し方だ」

「つまり、知能のある存在。それは人間だろう」

 同意を示すように咲は頷いた。自分もそう思える。

「あとは、直感」

「直感……ですか?」

 自分の考えも、元を辿れば直感がきっかけのようなものだが、普通、根拠には含めないことだ。

「ここまでの感覚を得て、間違っていたことはないんだ」

 自意識過剰だと思うところだったが、なんせ相手は顕示だ。この人が言えば説得力が生まれる。

 一つ思い当たることもあった。

「シックスセンス……というやつでしょうか?」

「……なにそれ?」

「え? 第六感のことですけど……知らないんですか?」

 顕示は頷いた。たしかに特殊な言葉ではあるが、まさかこの人が知らないとは思わなかった。

「えっと……人間の感覚は基本的に五つあって……それは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。さっきいった第六感とは、六番目の感覚のことです。〝勘〟とか〝インスピレーション〟とか、あとESPといった超能力とか。理屈では説明できない感覚のことを指す場合が多いです……」

「顕示さんは、その能力が高いのかなって思ったんです」

「すごい、先生みたいだ。わかりやすかったよ」

 茶化されたような誉められたような、複雑な心境である。

「超能力は信じていないけど、勘とかインスピレーションの部分はわかるよ。人間は無限に情報を貯蔵している。無意識の中にね。それを自覚しないまま、ひっぱりだすことはあるだろう。それも訓練次第で、有意識の範囲を広げることができる。身を持って知っているから」 

 顕示が説明するとどこか理屈っぽく聞こえてしまうが、ともかく、第六感の説明は上手く伝わったようだ。

 咲は話を戻すことにした。

「……じゃあ、消した方法についてはどう考えています?」

「全くわからない……少なくとも、未知の力が関わっていることは間違いないはず。それが科学技術的なものの力のか、超能力なのか……そのどっちなのかがわかるだけでも、大きな進展だと思えるくらい、情報がないな……まぁ、やった奴に直接聞かないと、わからないだろう」

 言い終えた顕示は、また思いついたように言った。

「消えたのは他の人たちじゃなくて、自分たちだっていう可能性も捨ててないけどね」

 たしかに、その可能性も否定できないと咲は思った。情報がなにもない今、全ての憶測は可能性として浮上する。

「……もし消えていたのが自分たちなら、今ごろ、元の世界では大騒ぎでしょうね」

「だな。世界中から科学者が呼び集められて、駐車場と睨めっこしてるのさ。僕たちの乗っていたバスの周りには赤いカラーコーンや立ち入り禁止のテープが張り巡らされて、その周りには警察とか報道陣とか、やじうまが沢山いるんだ。でもそんな厳戒態勢、長くても一ヶ月くらいじゃないかな。駐車場は開放されて、新聞の記事もどんどん小さくなって。そして、僕たちは社会から忘れ去られるわけだ」

 そう話す顕示は仄かに笑みを浮かべ、どことなく愉快そうにみえた。まるで他人事だった。

「顕示さんは、人のいる元の世界に戻れるとしたら、戻りたいですか?」

 咲自身は迷っていた。仮に元の世界に戻れるゲートのようなものをみつけたとしても、自分はそこを通るのだろうか。ただ、どこへ行くにもこの人と一緒がいいと思っていた。

「成り行きに任せようと思ってる。今のところ犯人探しをする気もないしね」

 顕示は即答した。元の世界のことなんかどうでもいいような言い草で。

「……でも、会いたい奴はいる」

 顕示はまた思いついたように言葉を重ねた。

 もしかして恋人? そう思った咲だったが、顕示の人格から察して、恋仲がいるとは思えなかった。誰に告白されても断りそうだ。ましてや、自分から女性に告白するタイプにもみえない。それに、もしいたとすれば、この人はなにがなんでも元の世界に戻ろうとするだろう。なにより、恋人だと言われたら平常心を保てそうになかった。自分の気持ちはどうなってしまうのか。

 だから、咲は知らないままでいることを選択した。

 そんな咲の想いを他所に、顕示は続けて言った。

「大事な友達がいるんだ」

「……友達?」

「うん。まぁ、そのことはいいや。いつか話そう。長くなるから」

 恋人ではないようだ。少しほっとした咲。

「で、咲はどうなんだ? 戻りたいのか?」

「わたしですか?」

「……他に誰が?」

 問い返されることを想定していなかった咲は戸惑った。

「えっと……………わからないです」

 貴方と一緒にいられれば――今はまだ、そんな風に言える勇気はなかった。

 顕示も咲の沈黙を深追いしなかった。自分が聞けば、もしかしたら〝今の咲〟は無理をしてでも答えようとするかもしれない。そんなことはさせたくないし、そう思えてしまう以上、自分が聞けば無理強いと同義になる。

 顕示は咲の身に起きた変化を知っていた。というより、あれは顕示が意図的にやったことだった。

 レストランで起きた出来事の話を介して、咲の脳をスパークさせたのだ。事実、あの話以降、思いつきしか言えなかった咲の言葉は具体性を増し、先読みも含まれるようになった。

 顕示は社会人生活の中で閃きの仕組みを理解した。そして、それを他者に対しても引き起こす術を心得たのだった。根深く絡み付いた常識心理の枷を言葉で外し、その束縛から解放する。顕示はそれを禁忌としていた。元来、それは努力や苦労の末に辿り着くべく境地であり、他者の意思がそこに混ざれば、相手の可能性を奪うことに値すると考えていた。

 やったのは咲が初めてだった。咲にはくだらない理由で死んでほしくない。この先、この世界で生きていく為に、必要な思考能力をもってほしかった。

 だから顕示は、その禁忌を犯したのだった。

 

 パソコンから、映像をコピーしたディスクを取り出した顕示は席を立った。

 これからここの鍵を元の場所に戻して、車の鍵を取りに行くと言う。

「取りに行くって……どこにあるか知ってるんですか?」

「建物の裏手には従業員の車が止まっていた。それなら、事務室の服掛けにあったコートの中に、車のカギが一本くらい入ってるんじゃないかとね」

 そういえば……と、咲も事務室の隅に置かれていた洋服掛けの存在を思い出した。もしコートの中に鍵が入っていたとしたら、きっと消えていないだろう。脱いだ服の存在は意識の外だ。定義にも矛盾しない。

 顕示と咲は電源管理室を後にした。

 

 ――探検隊の出発を見送った向坂は、桑部たちの姿が雪に消えた頃を見計らい、仁村と駐車場にでて車探しを始めていた。レインコートは雪風を防いでくれるが、寒さまではどうにもしてくれなかった。手袋も持ってくるんだった。でも今は時間が惜しい。悴

《かじか》む手で車のドアを掴み続けた。

「向坂さん!」

 反対側から進んでいた仁村と合流した。

「こっちはなかったです。そっちはどうでした」

 つまり、一列目には無かったということだ。

「僕の方もハズレです。じゃあ、二列目に行きましょう」

 建物寄りの列から始め、こうしてどんどんと高速道路の方に向かうことになる。鍵が差しっ放しの車、それはつまり運転手の不注意だ。そう考えると、建物から離れれば離れるほど、確率は低くなると思えた。

 そうして、三列目に突入した時だった。半ば諦めが芽生え始めた向坂は、ふと思い出した。去年、派遣先の営業で東北辺りのサービスエリアに行った時のことを。建物の裏手には従業員用の駐車場があって、事務室には社員の人がいて――

 一般的な事務室の風景を想像した向坂は、そこであることに気がついた。脱いだ服とか、例えばコートの中とかに、もしかしたら車の鍵が入ってるんじゃないのか。自分も会社に出社した時、コートの中に車のキーを入れっぱなしにすることはよくあった。いや、いつもそうだった気さえする。

 向坂は仁村の元に走った。

「仁村さん!」

 息を切らす向坂は、ただ事ではない様子だった。

「どうしたんですか?」

「はぁ、はぁ……いえ、鍵のある所が……はぁ……わかったかもしれないんです」

「どこなんですか?」

「この建物の事務室とか、社員用エリアのどこかです。多分そこに、スタッフの人が着ていたコートの中とかに、入ってると思うんです……それなら、消えてないでしょ?」

「あぁ、そっか! じゃあすぐに行きましょうよ」

 その時だった。

 チャーラーラーラーラー チャララーラーラーラララー

「……ちょっ、うそ!?」

 仁村の携帯が鳴った。慌てながらレインコートをめくり、ポケットから携帯を取り出す。

「誰なんですか?」

「……あ、これ広野さんだ……もしもし?」

 広野の番号は電話帳には登録していなかったが、下四桁が特徴的だったのでそこだけ番号を覚えていたのだ。

「……うん、うん…………え? 防犯カメラ?」

 

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