発達障害考察ブログ HyogoKurumi.Scribble

言葉は嘘をつきません

第22話 ≪ 桑部さん ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

スポンサーリンク

f:id:hyogokurumi:20190129192630j:plain

前話 第21話 ≪ パーティー ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第22話 ≪ 桑部さん ≫

 建物を後にした探検隊は、下り側サービスエリアに戻ってきた。玄関口の屋根の下で、びしょびしょに濡れたレインコートを脱ぐ。

「皆さんお疲れ様でした。一人も怪我人がでなくてよかったです」

「おぅ、おつかれさん」

「お疲れ様です」

「お疲れ様でした。雪も少し弱くなってきましたね。これなら明日には止んでるんじゃないですか」

 吉岡は一人、空を見上げていた。その言葉に桑部たちも視線をあげる。空は未だ水墨画のようにどんよりとしているが、雪は確かに小降りになっていた。吹き荒れていた風も、いつの間にかおさまっていた。

 収穫はなかったが、無駄足ではなかった。動く車があるかもしれない。期待薄だろうが、全員で探せばすぐに答えはでるだろう。最悪、一台もみつけられなかったとしても、歩いて町まで行く決意が固めやすくなると考えれば悪い気はしない。今日中に皆に周知して、明日には動ける体勢をとっておこう。

「お、戻ってきたぞ」

 建物に入るや否や、他の乗客たちが桑部たちの下に集まってきた。

「どうでした?」

「人はいましたか?」

 桑部は報告内容を頭の中で組み立て、皆の様子を窺いながら、ゆっくりと口を開いた。 

「……残念ながら、人の姿はありませんでした。電話の状況も、こことかわりませんでした。しかし、我々はある可能性に気がつくことができました。それは、車です。駐車場にはあれだけの車があるのですから、一台くらい、鍵が差しっぱなしの車があるかもしれません。明日にでも車探しを決行したいと私は考えています。歩いて町まで行く件については、その結果次第でいいでしょう」

 桑部は辛い報告から先に行い、後に希望ある話題をだすことで乗客たちの不安を緩和した。全体的に落胆の色は拭いきれなかったが、この状況なら少々の焦りや不安はむしろ持っておくべきだと考える。

 その後、レストランのテーブルに着いた桑部は、ペットボトルのお茶を一口飲んだところで、ふと辺りを見回した。向坂がいないことに気づく。トイレだろうか。その時、小走りで出入口に向かう広野と吉岡が目に留まった。トイレのある方向とは反対方向に進んだ二人をみて、桑部は意味深な気配を感じ取った。

 

「映像はみれたんですか? ……はい……はい、わかりました……僕らも今、そっちに向かってますから。では」

 広野は携帯の受話器を切って、吉岡に言った。

「観れたようです……映ってるって言ってました。人が消えるところ」

「うそ……」

「やっぱり、見間違いじゃなかったんだ」

 広野はそう一人で呟いた。

 仁村に言われた通り、建物の裏手から中に入って通路を進むと『電源管理室』と書かれた扉に辿り着いた。

 広野はそのドアを静かに開けた。

 振り返った向坂と仁村の表情が、事の深刻さを物語っていた。

「あっちはどうでしたか……」

 椅子に座っていた向坂は、やつれた顔に笑みを浮かべていた。

「こっちの状況と同じでした。誰もいなかったです……それより、映像を観せてください」

「はい。すぐ、観れるようにしてありますから……」

 向坂はマウスを操作し、再生ボタンを押した。

「…………嘘でしょ……」

 吉岡は寒気にも似た感覚に全身を覆われてしまった。無意識に誘われた涙が視界を潤ませ、少しずつ平常心が削がれていくのを感じていた。広野の話を聞いてから覚悟はしていたつもりだった。しかし、目の当たりにした現実はその覚悟をいとも簡単に打ち砕いてしまった。

 広野も言葉を失っていた。音の無い無機質な映像が一層の現実感を突きつける。唯一、人が消えた光景を目にしていた広野も、その記憶はどこか空想的な位置に収めていた。しかし、それは紛れもない現実だったのだ。

 仁村は肩を震わせる吉岡に声をかけた。

「大丈夫、大丈夫ですから……」

 吉岡は涙でくしゃくしゃになった顔を手で覆い隠した。

 向坂も必死でもらい泣きを堪えていた。頭に浮かぶゆかりの姿が遠くなっていく。そのイメージを必死に留めながら冷静を保っていた。覚悟をしていたつもりだった自分たちでさえこの有様だ。他の乗客がこれを観たらどうなってしまうんだろうか。

 その時、ガチャリと音がした。

「君たち……ここでなにしてるの?」

 開かれたドアから現れたのは、桑部だった。その視線はすぐパソコンの映像に向けられた。

「……それ、なに?」

 バレた――いや、これに関しては後で伝えるつもりだった。

 向坂は椅子から立ち上がった。

「桑部さん、みてもらいたいものが」

 そして立ったままマウスを操作し、映像を再生した。

「監視カメラの映像か……そうか、なるほどな…………み、観せてくれ」

 状況の合点がいった桑部は、映像をみながら今後のことを考えていた。

 映像には確かに人の消える場面が映っている。パソコンには詳しくないが、悪戯だとは考え難い。もしその疑いがあるなら、自分よりパソコンに詳しい向坂が気づくはずだ。この映像は本物だとみるべきだろう。

 それでも、確認したかった。

「向坂……一応聞くが、この映像が合成か悪戯の可能性は?」

 向坂は以前プログラマーのバイトをしていたことがあると言っていた。

「……ないと思います。実写映像で不規則に動く物体を消す処理は相当時間がかかるはずですし、このパソコンのスペックでは――」

「……わかった、もういい……はぁー、マジかよ…………」

 落ち着け、冷静になれ――桑部はそう心の中で唱え続けた。

 人が消えていたとしたら、車を探して町まで行っても意味がないんじゃないか……いや、そうとは限らない。この事象の範囲はまだはっきりとしていない。でも電話には誰もでないじゃないか。テレビだって映らない……ということは、やはり生きているのは自分たちだけなのか……それも憶測だ。憶測と結論を錯覚するな。今わかっていることを頭に並べろ……映像は本物。なら、やるべきことは……。

 桑部は映像から目を離し、四人をみた。皆、閉口している。吉岡は泣いていた。

「……このこと、知っているのは俺らだけ?」

 向坂が答えた。

「そのはずです。他はまだ、誰も知らないかと」

 広野も頷いた。

「わかった……うん……いずれは、他の人にもこの話をしなきゃならんだろうと思う。でも、俺は時間がほしい。流石に、なんて伝えたらいいのかわからん……みんなも、そう思うか?」

 言えるわけがない。四人は桑部と同じ気持ちで頷いた。

「うん……他の人には隠し事をするようで物凄く申し訳ないけど、今は自分たちに考える時間を頂戴しよう。神様だって許してくれるさ」

 桑部は無神論者だが、〝神様〟などという言葉をだしてしまうほど、この現実には驚愕した。

 あとは車の件だ。ただ、改めて考えるまでもなかった。探すべきだいう判断はかわらない。むしろ、その必要性が高まったくらいだった。

 暫しの沈黙を利用して、桑部は気を落ち着けた。そして、向坂と仁村の方をみながら言った。

「そうそう、他の人はもう知ってるけど、明日、車探しをすることになったから。鍵が差しっぱなしの車を探すんだ。理想は二台。二台あれば、関西方面と関東方面に一台ずつ車を出せる」

「……二人とも、家族や大事な人のことが気になるだろう。絶対にみつけような」

 桑部は優しい笑顔でそう言った。その仏のような顔は、向坂の涙腺を緩めるには十分だった。

 自分が馬鹿だった。僕はなにを考えていたんだろうか。桑部さんはこういう人だったじゃないか。いつも周りのことを気にしていて、人のことを心配しすぎて……。

「向坂、どうした? 大丈夫か?」

「はい……いえ、大丈夫です……えっと、車のことで報告があって……」

 手で涙を拭いながらそう答えた。そして、自分の抱いていた思惑は伏せたまま、既に仁村と三列目まで探し終えていることを話した。

 

 ゆかり もしかしたらそっちに行くのが少し遅れるかもしれない

 でも 待ってて 必ず行くから――

 

 向坂の心中を知っていた仁村は、とても嬉しい気持ちになった。

 二人の関係に火種が燻っていたが、これで元通りになれたんだろうと思えた。

「吉岡さんは、大丈夫かい?」

 半ばほったらかしにしてた吉岡を、桑部は心配した。

「……はい、もう大丈夫です」

 吉岡はパっと顔を上げた。その瞳はまだ潤んでいるが、元気な笑みをみせてくれた。

 今度は広野の番だ。

「ごめんね。あんな風に疑っちゃって。きみの言った通りだった」

「いえ、いいんです。あの状況なら……仕方ないですから」

 広野も笑みで桑部の気持ちに答えた。

「うん……しっかし、俺たちとんでもないものみちゃったな」

 桑部はそう言いながら、映像に視線を戻した。

 念の為、映像のコピーをとっておくべきか。向坂ならやり方も知っているだろう。

 そう思いながら、売店エリアを映すカメラをみると、鞄に食べ物を詰め込んでいる男の姿が目に留まった。

 

次話