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言葉は嘘をつきません

第23話 ≪ 最終話(前編) ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

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前話 第22話 ≪ 桑部さん ≫ 夜行バスの人々(なろう版)

 

第23話 ≪ 最終話(前編) ≫ 

 売店を後にした顕示はバスに戻った。リュックには缶詰や干物、飲み物など、日持ちしやすい食べ物を三日分ほど詰め込んだ。

「お待たせ。こっちは準備オッケーだよ」

「私も大丈夫です」

 座席の後ろからひょこっと咲が顔を覗かせた。

「トイレだけ行かせて下さい。着替えもしたいので」

 二人はバスを降りてトイレに足を運んだ。

 顕示もついでに用足しを終え、外で咲を待っていた。

 後は、ここから出て行くだけだった。

 

 するとそこへ、桑部と向坂がやってきた。

「きみ、ちょっといいかな」

「なんですか?」

「そのリュックに食べ物入れてたよね?」

「……そうですが」

 挑発的にならないよう、桑部はゆっくりと言葉を述べる。

「理由を話してくれるかな。あそこの食べ物は、みんなのものじゃないか。事情があるのなら、聞かせてほしい」

 顕示はおかしいと思った。あの時、売店には誰もいなかったし、レストランからもみえない位置に自分はいたはず。

 その時の〝光景〟を記憶から拾いだした顕示は、唯一の目撃者の存在に気がついた。それは監視カメラだった。勿論、その存在は気に留めていたが、首振りの角度を見誤っていたのだろう。

 ということは、桑部も監視カメラの映像をみたということになる。

 でももう、自分にはどうでもいいことだ。

「……ここを出て行くんだ。だから食べ物を持っていきたい。少量だし、問題はないはずだ」
 桑部の予想は当たっていた。鞄に食べ物を詰め込む様子が、ここから出て行く支度を整えているようにみえたのだ。

「どうしてだい? 危険だよ。きっと夜は凍死するほど冷える」

 そう言った桑部だったが、正直、食べ物のことはどうでもよかった。そんなことより、人間はもう自分たちしかいないかもしれないということ。我々はこれから助け合い、団結して行動するべきだ。そうしなければ生存率に関わるだろう。一人の大人として、前途ある若者の無謀を見過ごすことはできない。

「外で寝たりしませんよ。町までだって大した距離じゃない。せいぜい半日ちょい歩けば着けるでしょう」

「それはそうだろうけど、しかしね……」桑部は悩んだ。

 どうする……言うか? 〝あの事〟を伝えれば心変わりもするだろう。彼なら伝えても問題ないと思う。むしろ事実を共有したい人材だが。

 桑部の迷いの隙に、向坂が口を開いた。

「実は明日、車探しをすることになったんです。出発は車の確認ができてからでもいいんじゃないですか?」

 返答に困ることを言われてしまった。さて、どう返事してやろうか。急いでいる……必要ない……大丈夫……気にしないで……なにを言っても不振に思われそうだし、考えが足らないとしつこく止められそうに思えた。いや、まだ諦めを誘う段階ではない。ここを出ることに固執していると思われてはいけない。もう一言二言、適当な言葉を返して会話を進めるべきか。

 丁度その時、トイレから咲が出てきた。

「顕示さん、お待たせ…………え?」

 どうしてあの人たちがここに。なにを話していたの?

 咲は状況が掴めない。

「……彼女も一緒かい?」

 桑部たちは、ここでようやく男の名を知ることができた。それより……この雪の中を女性と一緒に? 怒鳴ってでも止めるべきだろうか。しかし、彼らとはまだ他人も同然。その客観的事実が桑部にとって大きな障害となっていた。都合のいい言葉がみつからない。

「僕らの意思です。では」

 会話を切り上げるには今しかない。顕示は咲の背に手を回し、駐車場の方へ足を進めた。咲はそれで状況を察することができた。事情はわからないが、ここから出て行くことを知られてしまったのだろう。そして顕示の向かう方向――建物の裏手に向かうと、車のことがバレるかもしれない。だから高速道路に向かっているのだ、と。

 その咲の推測は当たっていた。顕示は一旦高速道路まで進み、追いがないことを確認できたら、途中で折り返すつもりだった。

 

 遠ざかる二人。本当に行ってしまうのか。後で後悔するくらいなら……と桑部は決断した。まず伝えよう。その後のことは、その時に考えればいい。

「きみたち! ちょっと待ってくれ」

 桑部は二人の下に駆け寄った。向坂も後を追う。

「……なんですか?」

 顕示は振り返らず、ただ足を止めた。

「みせたいものがあるんだ」

 それってまさか――桑部の考えを詠んだ向坂もその案に乗ることにした。一瞬躊躇したが、彼らを止めるにはこうでもするしかないだろう。

「みせたいものとは?」

「監視カメラの映像だ。それをみて、もう一度考えてくれ」

 向坂も言葉を重ねた。

「昨夜、ここで起きたことも映っているんです」

 反応を待つ二人。しかし顕示の口からは、

「……それなら、もうみたよ」

 思わず聞き返したくなる言葉が返ってきた。 

「みたって……なにが映っていたか知っているのかい?」

「人が消える場面でしょう?」

「そ……そうだが……」

 顕示は平然とした口調で返事した。 なぜ知っている? いつ観たんだ? 顕示の言葉にただ困惑するばかりの桑部だった。

 向坂は彼がここを出て行くと言った時から別のことも考えていた。彼らが映像をみていたことに今更驚きはなかった。昨夜の厨房の件といい、少なくとも彼――顕示という男は、人並以上の先見の明《め》を持っているんだろう。

 そんなことより、今がどう考えても出発には適さない時間であることだ。出るなら午前中がいいに決まっている。それに、二人はレインコートも着ていないし、傘すら持っていない。雪の後は雨かもしれないのに、濡れてもいいというのか。

 それがどうしてもひっかかる。彼らだからこそ、気になるのだ。

 その違和感が一つの答えに行き着くまでに、そう時間はかからなかった。

「もしかして……」

 なんだ? と、桑部は向坂をみた。

「車があるんですね?」

 向坂は顕示に確信めいた目を向けていた。

 勘付かれたようだ。いや、もうバレてると考えるべきだ。

 顕示は振り返り、ポケットから車の鍵を取り出し、二人にみせた。

「……これかい?」

 この時、咲はみていた。顕示が振り返る直前、薄笑みを浮かべていたことを。

 遠くから地鳴りのような音が響いた。

 その唸り声は、空が雨雲に変わったことを伝えていた。

 

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