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人は、言葉からは逃げられない。

【後編】無理解の尻尾をつかむーー「発展障害」に陥った日本を救う唯一の方法

※本記事は『無理解の尻尾をつかむーー「発展障害」に陥った日本を救う唯一の方法』の後編です。このページから開いた方は先に下記前編からお読みくださいm(_ _)m

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 前編では、発達障害が言葉の中毒による二次障害である仮説から話を始めました。その話を基に、全ての日本人が言葉や意識の中毒に陥っており、人の事を考えられない無理解な人は中毒度の強い人であり、会社の経営者や上司などにそういう人が多く、その偏りには理由がある、という内容でした。

 後編は中毒症状の特徴に関する話から始め、だからこの日本は生き辛いという、本記事の核心の部分までお話しします。

中毒症状の特徴

 無理解な人=それだけ中毒特徴の強い人なわけですから、無理解を知る上で、ひとまず中毒に陥っている人のよくある特徴を見てみましょう。私の思いつく限りで書いてみました。

  • 中毒者は自分に対して肯定的である。
  • 中毒者は自分のことを冷静だと思い込んでいる。
  • 中毒者は人を利用することに抵抗がない。
  • 中毒者は専門用語を使いたがる。
  • 中毒者は中毒対象に対しては疲れを知らない。
  • 中毒者は他のことには疲れやすくなる。
  • 中毒者は他のことには考え方が大雑把になる。
  • 中毒者は他人に対して友好的である。
  • 中毒者は自分のその特徴を隠せない。

 強弱を問わなければ、誰もが持っている特徴ですね。ポイントは、これらの特徴の多くが仕事の分野に向いている人は、社会人的には理想であり優秀であり、平均以上の業務遂行力を有しており、周囲から仕事ができる人と思われやすいということです。

 ただし、どれだけ評価されても所詮は中毒の力です。周囲へ使う言葉は乱暴、厳しすぎる、家庭を顧みないなど、同僚や家族からの評判は悪い人が多いです。さらにこういう人には、精神障害発達障害者が「頑張っていない人」に映ります。苦しい時も辛い時も頑張って周囲から評価されている自分からみれば、障害当事者は存在しない壁について悩んでいるような、不可解で真逆の人生観だからです。その上、自分が教えれば治る等と根拠もなく思ってしまいます。自分と他人、その人生や体験の違いを、同時に意識する感覚が低いからです。これも中毒特有の症状です。

 余談ですが、仕事ができる人はマルチタスク的に業務をこなせますよね。現代社会人の必須スキルとも言われています。対して、精神障害発達障害者の多くがマルチタスク処理を苦手としています。それが普通の人からみて障害的に映るわけですが、仕事ができる中毒者は「人の気持ち」や「仕事の仕組み」など、カテゴリの異なる物事の因果関係を同時処理的に考えることを苦手としています。

 マルチタスクが苦手というのは、体験や場数の違いであり、そもそもできないことをやらなければいけない境遇に陥ったせいで起きるわけですが、それはそれ、これはこれという考え方しかできないからです。だから職場環境がパワハラ的でも平気でいられます。

経営者にサイコパスが多い理由

 ここまではよくいるパワハラ上司を想定して書きましたが、経営者ともなると、更に中毒度がグレードアップしています。

 中毒と言う言葉だけでは足らず、もはや錯乱レベルです。

  • 錯乱者はいつも楽しそうである。
  • 錯乱者は人の気持ちを考えられない。
  • 錯乱者は自分の考えを人に話したがる。
  • 錯乱者は語彙力が落ち、言葉足らずになる。
  • 錯乱者は自分のしていることに他人を誘いたがる。
  • 錯乱者は社会問題に関心を持ちやすい。
  • 錯乱者は自分の行動を努力だと思い込んでいる。
  • 錯乱者は自分だけが悪いという思考を持たない。
  • 錯乱者は人を誉めたり評価する。

 多くの場面で自分の妄想が基準となってしまいます。もはやサイコパスですね。過去に言語認識の記事で書いた、感想型のような人です。

無理解は経営者や管理者に多い

 こういう人たちは、自分のステータスや活動の幅を広げていく為に、自分と話が合う人たちとどんどん繋がっていきます。そして、活動資金となるお金を得る仕組みをほいほいと立ち上げていきます。お金を得ることが生きていく上で重要であり、それさえあればみんな幸せになれると思っているからです。社会貢献、経済の発展。良い事尽くめなので積極的に取り組んできます。

 で、せっかく創った会社は誰かを雇って経営を任せてしまい、自分はまた別の環境作りや会社創りに精を出します。その時に任せる人は、もちろん自分と話が合う人で、上で言った仕事ができる中毒タイプの人が対象となるわけです。

 錯乱者は前向きで積極的でやる気のある誠実な真人間が大好きなのです。そういう風に言うと誰だってそうだと言えるかもしれませんが、これもある種のサイコパス的特徴と言えます。真面目は受けのいいステータスですが、真面目=正常ではないのです。

 こうして、無理解な人たちがあちこちに職場をつくり、同類たちとその場を管理し、そこへ中毒度の高くない人たちが雇われに行くという流れが今の社会にはできています。そして雇われた人たちは、無理解な人たちが構築した秩序に沿って生きていくのです。

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 これが今の日本中で毎日起きていることです。無理解な人たちが形成した常識観や労働モデルが、この国のスタンダートになってしまっているというわけです。

 これで、違う街、違う環境の中で生きながらも、同等の不幸な境遇に陥る人があちこちに出現する背景の仕組みが見えました。

 普通の能力を持つ人たちは、そんな秩序の中でもなんとなく生きていくことができます。しかし、虐待やいじめなど、平均以上に精神的苦痛と共に人生を歩み、基本的な能力や感覚の精度を習得できないまま社会に出た人にとっては、相性の悪い環境です。

 中毒者たちは自分の物差しでしか教えることができません。誰もが同じ物差しで考えていると思っているからです。しかし平均的ではない日常を送ってきた人にとって、その物差しは未知の思考であり、その基準で教えられても理解できないのです。

 発達障害とは、そんな偏った仕組みの中で、別の形で中毒度を強めてしまった人たちが陥る二次障害だという見方ができるのです。

 そんな環境をつくった錯乱者は、いつも時間に縛られず極めてストレスフリーな日常を送っています。心がピュアのままで、子供っぽい人が多いですね。さらに、立ち上げた会社などから得られる多額の収入により、お金は余るほど持っています。

 ここで錯乱者の多くが、時間とお金に余裕がない一般人にはできないような、社会貢献的活動に意識を向けるのです。

 自分のような能力のある人にしかできないと、大きな使命感を抱くのです。

無理解は政治家に多い

 前項で書いた錯乱者の特徴、「錯乱者は社会問題に関心を持ちやすい」という部分でピント来た人もいるでしょう。そうなんです、中毒者や錯乱者が、最も多く集っているところが政治の世界なのです。

 政治家は、びっくり仰天するような発言をしたり、なんだかよくわからない思想を流布しようとしますよね。それは思考回路が中毒的だったり、錯乱したりしているからなのです。「政治は金がかかる」と言いますが、そうではなく「政治家が金でしか考えられない人たちばかりだから」なんです。

 精神障害発達障害の問題を巡っては、もはや個々の力では到底解決の兆しが見えないほど難易度が高く、国からの早急な対策や支援が期待されているわけですが、このように、国の神経が中毒にやられていると言えるので期待するだけ無駄なのです。

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 この国のことを、「一人の人間」として捉えてみると、多くの中毒者に支配されている今の状況は「発展障害」と言えるでしょう。自分の偏りに苦しむ様は、まさに発達障害的ですな!

発展障害に陥った日本を変える方法

 たった一人のギャンブル中毒者だけでも、家庭や親戚、友人を巻き込んで、何世帯かの生活を壊滅的に狂わすことができます。実際、家族の誰かが中毒状態に陥った人には想像しやすいかと思います。積極的に中毒を克服しようとしても、そんな惨劇に陥ってしまうのです。

 中毒の克服は極めて難易度が高い問題です。通常は一生そのままで、克服したというエピソードは、自分とは無縁だと思っている人が大半でしょう。

 それがギャンブルのようなイメージの悪いものではなく、社会的に良いとされていることですから尚更、自覚させることは難しいです。

 

 でもご安心ください。

 この日本の発展障害問題は、簡単に治すことができるんです。

 この無理解な人たちから、そのエネルギーの供給を絶てばいいのです。

 つまり、貴方がその人の行動に加わらないければいい、ということです。特別なことは必要なく、特定の相手に対して「何もしない」ということです。

 具体的には、上で解説した無理解な人を、経営者や管理者の座に就かせない、活動に誘われても断る、応援しない、というです。

 これを無理解ではない人たちが完全実行できたとすれば、それだけで、今日まで続いた定型社会としての発展はそこでストップします。今の私たちが生きている間に体感できるかどうかはわかりませんが、確実に社会は変化していくでしょう。

 で、無理解な人たちは自ずと、自分と同類同士で一致団結することになるわけですが、それは絶対に失敗します。中毒者たちは言葉で人に大仕事をさせることはできても、自分は窓拭きしただけで疲弊しますし、すごい自分がこんな雑用をしていることに耐え切れず、周囲に当たり散らします。

 人にやらせるばかりで、自分では生活の基本が維持できない人たちばかりなので、必ず自滅するのです。 

 そして、『人の気持ちや個人の事情のことまでを考えた上で仕組みをつくる、当り前の感覚を持つまともな人』が、積極的にリーダーになってくれればいいわけです。

 それはそれで課題はもろもろあるでしょうが、ともかく、そこにじっくりと時間をかけることが、当たり前の社会にならなくちゃいけないのです。そう変化させる為にも、無理解人間の勢力を落とさなければなりません。

  では本記事の最後に、この無理解な人の見分け方をお伝えします。

 下記の項目に当てはまる特徴を多く感じた時は、赤信号です。

無理解な人と会話をした時に感じやすいこと

  • 一緒に喋っていて楽しくなる
  • 相手は一人でも楽しそう
  • 自分の時間があり、他人の時間の無さには無頓着
  • あれがやりたいこれがやりたいと、活動の話ばかり
  • 人脈の幅が広く、人を紹介したがる
  • お金稼ぎの話に積極的
  • 肝心なところで他人を紹介する
  • 会話をしているのに、独り言のような言葉を返す
  • カタカナ語や専門用語が多すぎる
  • 一緒に考えるはずの場面で、周囲に聞いてばかり
  • 自分はお金いらないとか言う
  • 妙に褒めたり評価してきたりする
  • 仕事や活動をいくつも抱えている
  • 自分と他人の人生の境目がない
  • 人の価値観や癖、プライベートに口を出す
  • 個々の事情に合わせた環境作りに関心がない
  • 会話の節々でマウンティングしてくる
  • 必ず相手も悪かったことにする
  • 話し合いが必要な場面で謝るばかり
  • 自分の価値観を押し付ける
  • 頭の中は一日中、仕事と活動のことで一杯
  • とにかく人に何かをやらせようとする
  • 場所をつくるだけで自分はそこで何もしない

 中毒者や錯乱者と会話をしていると、社交性や高いコミュ力があり、自分の能力を活かしており、お金を儲けることに積極的で、人の暮らしを豊かにする社会的活動に関心がある人という印象を覚えます。お見合いや婚活でもこういう人、いません?

 一般的には「えらい人」となるわけですが、とんでもないです。そりゃ本物のえらい人もどこかにはいるでしょう(願望)。

 でも、ただの馬鹿も多数紛れている要注意対象であると言えるわけです。

 上の特徴をいくつかピックアップして解説します。

一緒に考えるはずの場面で、人に聞いてばかり

 ある時、一緒に活動しようと誘われて打ち合わせに行ったら、あれがやりたいこれがやりたいという発想を自慢話のように聞かされ続けました。そのどれもが社会貢献に繋がっており、その時は私も相手から色々な言葉で頼られたあとで、妄想夢膨らみモードだったこともあり、うんうんと聞きながら思いついた案を言いまくっていたんですが、後になって振り返ってみると、相手は二言目には「どうすりゃいいかな」で、やりたいことを言うばかり。考えて建設的な意見を言ったのは私だけ、という会話の構図だったことに気が付きました。あれがやりたい、これがやりたいという衝動性ばかりが強い為、いざ具体的な内容を考える話の場面になると、何も言えなくなるのです。衝動的である=中毒的である、です。

必要な会話に発展しない

 会議や打ち合わせの中のやりとりで、ほしい返事が返ってこなかった場面をゼロにすることは難しいですが、その頻度があまりに多すぎる相手は、中毒者であり錯乱者であり、無理解な人であると指摘できます。相手の言葉から考えるという感覚が未発達で、自分の考えをどう言うか、そのことばかりに意識が集約されているのです。いずれにせよ、自分と意思疎通が成立しないと感じたら、一緒に仕事はできないと思うべきでしょう。

とにかく人にやらせようとする

 誰が何をどこまでやる前提で話をしているのかに注目してください。対等の立場で一緒にやるはずが、なぜか自分がやらされていると感じたら赤信号です。誰かかわりにやってほしいと言わないまま、誰かにやらせようとしているわけです。それでも、相手は一緒にやるつもりで考えているわけです。

無理解は無自覚

 本人は大真面目に、良いことをしている、社会を救える、自分にはそれらを様々な形で実現する力があると思い込んでいます。人生モブな人々がそう讃えてしまうからです。

 しかしその実態は、お金が循環する仕組みや、人々の居場所作りに積極的になれるだけで、その後その場所で日常を営む個人のことにまでは関心が薄く、何か問題が起きたとしても、多くの人に認められている自分の考え方を伝授することで、解決に導けると思い込んでいます。

 一つのことをずっとやり続ける体験が乏しいせいか、細かい部分にはやっつけのような提案しかできませんし、それで十分だと思っています。そんなところで働いてしまったら、必ず心身のどこかを壊します。その同類たちでつくった環境のあちこちで同じ問題が起こります。

 ほらほら、社会問題です。無理解が立ち上がる時です……!

 そう、無理解は無自覚のまま、自分で生み出した中毒的環境の中で、不幸な境遇に陥った人たちを、自分の考え方で救おうと考えているのです。

 つまり、マッチポンプ現象」(自分でつけた火を自分で消すという意味)が起きているわけですが、無理解はこれに気が付けません。

 目の前の不幸は、一部の可哀相な境遇の人が陥っている社会の現実、その一面だと捉えています。

 現実は、個人の事情ほど重く、解決の難しい問題はありません。底なし沼です。しかし自分はそういう不幸とは無縁の日常を送っている為、その現実の見方を知らないのです。

人は言葉から逃げられない

 私たちは、新しい目を持つ必要があります。それは、「言葉を見る目」です。言葉から距離を置いたり、上手に活用したりするには、言葉を捉える力が必要なのです。

 人は言葉からは逃げられないのです。

 本記事では、この社会の生き辛さの正体を、言語化という手段で捉えられる状態にしました。無理解は言葉がもたらす中毒症により、この社会の中に自然的に形成されていたわけです。

 本記事で語ったことは、今の時代の日本社会で生きていく上で、最低限知っておくべき観点と言えるでしょう。さしあたって、まずは日常の様々なことに対して「中毒かな? 錯乱かな? 無理解かな?」と考えてみてください。

 あなた一人が気を付けるだけでも、社会全体には影響がないかもしれませんが、少なくとも貴方自身の人生の性質は大きく変化するでしょう。今まで気づけなかった物事の輪郭が見えてくることもあります。何より、何事もほどほどが大切です。中毒になりやすい食べ物や遊びも、日常がそればかりにならないようにしたほうがいいですね。

 中毒に気をつけることで、自分や周囲を労わることにも通じるのです。

 

 これで、生き辛さの苦悩の正体を少しだけつかむことができましたね。この記事を読んで、少しでも気が楽になったと言う人がいたら嬉しいです!

 あとは、選択の問題です。

 読了ありがとうございました。およそ12,000文字でしたm(_ _)m

サムネ画像について

 今回のサムネ画像にはいつもの「いらすとや」さんの「ウロボロス」のイラストと、「2÷す」さんから許可をいただいて「あたまのわるいひと」のキャラクターを使用させていただきましたm(_ _)m

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