HyogoKurumi.Scribble

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人は、言葉からは逃れられない。

質問についてその1 問題提起の件

 先日、自ブログ上にて行った伊藤隼也のジャーナリスト活動に関する問題提起に関して、質問が来るようになったので、今後来るであろう質問も想定し、現時点で言えることをまとめて回答します。

 公表した文は問題提起を目的とした内容に終始していますが、本文では自分の姿勢やそもそもあの時のあれはこうでした、みたいな背景部分の話についても回答しておきます。

【前編】問題提起 伊藤隼也のジャーナリスト活動について

【後編】問題提起 伊藤隼也のジャーナリスト活動について

問題提起の反応 伊藤隼也のジャーナリスト活動について - Togetter

長いので短くまとめて

 公表文章の前編の最後のところを引用します。とりあえずこれと次項の「目的について」だけ読んでくれれば話にはついていけます。

つまり、伊藤氏が私を雇用するにあたってとった判断は、この通りになります。

  • 伊藤氏は私が山本一郎氏の記事に対抗する記事を読んでとてもすごいと思い、すごい人だから退職する秘書の後に就いて、自分と一緒に仕事をしてほしいと思った
  • 発達障害者の若者だけど仕事はできるに違いないと思えたから、発達障害のことは何もしらないままアスペルガー障害の診断を受けている私に声をかけた
  • 能力がある人だから感覚的には一般雇用のつもりであり、だから特別な準備はなにもしていなかったけど、障害者雇用助成金のことはしっかり意識していた
  • 助成金の条件のことはなんにも知らなかったけど、得られるものはほしいから、助成金を得る為にわざわざ私を障害者雇用の求人から申込をさせた

 ということです。

 伊藤氏の言動と、実際に起きたことが、この事実を示しています。

 この頃は流石に、このような事態に巻き込まれていたと見抜くことができませんでした。あくまでも、事前にやりとりした通りの環境の上で起きたことだと思っていました。

 後編で後述しますが、このような自己中心的な考え方で人を雇う行為を、私は個人の生活の破壊に繋がる極めて甚大な迷惑行為だと認識しており、本文で問題提起としたいところであるのですが、この論点の部分だけ言われても事情を知っている私以外は、何が何やらさっぱりわからないと思うので、1から事実経緯を説明する必要があったわけです。

目的について

  • 公表内容の最後にも記した通り、このようなでたらめな仕事作りを、社会はもう認めないと、みんなで示し合ってほしいんです。念じるだけでもいいです。声に出してもいいですし、ネットで言ってくれてもいいです。この主張をせずして、来年4月の改正障害者雇用促進法は迎えられないと、私は強く思っています。
  • 「私も、こういうの認めません」そのたった一言でいいんです。いつでも言えるようになってください。
  • 公表文の中で指摘した思考回路で仕事を作ったり人を雇ったりしている大人は少なくありません。私知ってますし、みんなわかっているはずです。
  • 無論それは「結果」のことですから、あとは見てるしかありません。いわば公表した時点で私のやることは果たされているという認識であり、私の中ではもうほぼほぼ終わった件です。公表した現段階は、問題提起の為のシェア拡散と質問に対する回答の為にちょっと頑張っている、という感じです。

告発という点について

  • 私は今回の公表の文において「告発」という単語は一切用いておらず、私が行ったのはタイトルと内容にあるとおり「問題提起」です。無論、告発性を含む内容であることは認めます。
  • 今のところ捜査機関に対して犯罪を申告し処罰を求める意思がないからです。告訴・告発 - Wikipedia
  • シェア数や反応数は参考にしますが、他企業の代表者などが記事を読んで見解を述べるほどの段階までくれば、目標達成とみてよいかな、と思っています。
  • 最高の結果は、総理大臣と厚生労働大臣が意見を述べることです。そこまでいけば十分でしょう。
  • 障害者雇用問題、テレビ出演者の不正行為、労働問題など、あらゆる観点において公益性があると考えております。

本名について

  • 私の「来未炳吾(くるみひょうご)」という名前は活動名であり本名ではありません。今回のような話を公表する上では素性を晒して行うのが筋かと思いますが、「伊藤隼也」という名前も本名ではない可能性が高いので私も匿名のままでいいと思っています。
  • いずれにせよ万一にも自分の職場に迷惑をかけられないので今のところ本名を出す気はありません。顔写真だけで勘弁してください。
  • 私が行っているのは今件にあるような仕事に対する問題提起です、問題提起さえ叶えば良く、だから本名を出す必要性はないとも考えています。

助成金不正申請の告発をするしないについて

  • 共謀した者として自分からは言い難い、というのがまず1つ。
  • 手続きしたのは私ではなく、あくまでも私が言えるのは「申請すると聞いている、申請することを前提としたやりとりを見ている、通らなかったという話を聞いている」までです。
  • そもそもまず会社側が、事実関係を整理して積極的に対応するべきことであり、数ヵ月前に退職した私が積極的にやることではない。
  • 何より、既に伊藤氏側が会社として対応している可能性もあり、私がいま告発すれば、その意思に障ることになるので、気乗りしません。

回答要求の意図について

  • 要求してません。
  • まず要求という単語を用いていません。
  • 回答する意図があるなら今年中に行い、今年中に終わらせましょう、ということです。そうすればみんなが気持ちよく新年を迎えられます。
  • 翌年以降の回答は無視するかもしれません。私忙しいんです。

伊藤氏側から名誉棄損など何らかの賠償請求が来る可能性について

  • そもそもこちらが受けたという認識ですし、私は色んな証拠と証言を持っているので選択肢としてお勧めしません。
  • 私としては「反省するところがありました、活動を自粛します」という回答をすることが理想だと考えています。
  • 各機関は仕事があるでしょうけどね。

伊藤氏と話し合う機会はなかったのか

  • 7月の最後の仕事のあとに、LINE上で認識のズレに関するやりとりを持ちかけましたが、曖昧な回答しかこず、話し合う気があるのかないのかはっきりさせる為に再度やりとりをもちかけましたが、今度は応答がありませんでした。人のことは自分から積極的に話すんですけど、自分に向くと黙るんです。
  • 積極的な姿勢はとってもらえませんでしたので、向こうからその機会を放棄したものと認識しています。
  • このようにまず私は話し合いで解決する姿勢を見せており、今回の公表は、伊藤氏の意思や感情を無視した衝動的な行為ではありませんと断言しておきます。

常人には理解不能という言葉について

  • まず念の為ですが、「伊藤氏がそう言っていたと言っている人がいる」ということであって、伊藤氏がそう言った場に私がいて、直接聞いたわけではありません。
  • この出来事のあと、私が伊藤氏のところで働いていたことはなるべく口外しないようにとSNSからお願いし、すみませんでしたという旨の謝罪を受けています。その後のやりとりで、伊藤氏のイメージダウンに繋がる言動でもあったことも指摘し、この方はその点についても反省の意を示してくれています。
  • 本当ならこれで終わっていたことですが、ちょうど私は伊藤氏に疑問を抱いていた時だったので、この件で話が動いてしまったって感じですね。
  • つまり、実際に伊藤氏が言ったかどうかは想像にお任せしますという程度の信憑性なのです。ただこれのあとで、伊藤氏にも言及して真意を確認しています。その際の伊藤氏からの返答ですが、まず自分を追求するような姿勢を私がとったことについて残念だとかいう旨の返答があり、次に、常人には理解不能は悪い言葉だとは思いませんという旨の返答があり、最後には私の空のとびかたプロジェクトの現在状況を気にする旨の返答が送り返されてきました。結局この発言をしたしてないについて、毎度のことならがやはり曖昧で否定もせずという回答で、もはや意思疎通は不可能と判断しました。
  • で、実はこれの返答の内容が公表するしないの分かれ道でした。私はどう返事してくるかを構えていたんです。「そんなこと言ってないよ?」とか、もし言ったのなら、「ごめんなさい、他人の前で勝手にきみのことを話題に出してしまいました」とか、そういう返答が来ればよかったんですけどね。
  • 私は伊藤氏に万一にも迷惑がかからないよう、私が伊藤氏のところで勤めたことは限られた人にしか話していませんでしたし、伊藤氏のことを口に出す時があってもジャーナリストの頭文字をとって「Jさん」という、コードネームで話すようにしていました。知っている人はまず妻、そして生活のことで心配してくれた母と、私を理事に誘ってくれたNPOの仲間です。「あの人のところでいっぱい勉強してくるよ」と話していたのが今は懐かしいです。
  • だからあの日あの時、急に伊藤氏の言動に関する話が出たので、びっくりしてとっさに話を止めて、適当に当たり障りのない相槌を返して、話題をかえました。その時の一言が「伊藤さんが来未さんのこと常人には理解不能とか(クスクス」という発言で、「常人には理解不能」という単語があったことを私は覚えています。ただこの人も薬害被害に遭われた一人であり、そもそも全く関係ない集いの場で、誰も知らない団体の中で起きた話題をポロっと出すこと自体が不可解なわけですから、この人の発言の正確性も乏しいと、念の為ここに記しておきます。伊藤氏が言ってない可能性もゼロではないですし、これだけ私は確かめる為の行動をしても、未だわからないままなのでもう真相は闇の中だとさえ思っています。
  • 長々話しましたが実際に言ったかどうかは今回の問題提起の主題の部分ではないので、どうでもいい感じです。

過去記事について

『ツイート鑑定団』になってはいけない

「支援に愛は不要」……という当事者からの『注文』

山本一郎氏(個人投資家)がYahooニュースで、精神医療界の今を問う伊藤隼也氏著書のうつ関連本を、デマ本と紹介して騒動に

 上記3つの記事について、そもそもどういう認識で記事を書いたのかという点をお答えします。

  • 以前より発達障害の界隈では、当事者に対する支援や解決の姿勢としてポエム風の発言に厳しく反応する空気がありました。最初の伊藤氏のツイートもその延長の出来事+著名人叩きとして認識でき、「空のとびかたプロジェクト」という発達障害をテーマにした活動をしている者として首を突っ込むことにしました。
  • これが会議の場の発言なら問題ですが、ただの恣意的なツイートに関して過剰な反応をしている方たちで溢れていたので、ただの個人攻撃も同然とみて、状況の異常さに対して異議を唱える記事を書きました。伊藤氏の発達障害に対する考え方はこの時知らないですし、記事でも書きましたが伊藤氏をかばう意図は一切ありませんでした。もっと乱暴な感情の部分を明かしますが、発達障害者の不始末を同じ当事者である自分が掃除してやりたかったという気持ちが強いです。
  • 山本一郎氏のうつ本の件もこれの延長とみていました。そもそもこの的になったうつ本は「人が死にました、どうやら薬が原因です、調べたらこんなデータが出てきました、それについて私はこう思いました」と書いてあるだけで、ジャンルとしてはオカルト本に近い構成であり、用途や真相は読者の想像力に委ねられるものです。つまり、個人の間違いを指摘する上では適さないアイテムなんです。だから山本一郎氏も伊藤氏を叩きたいだけだろう、と認識しました。元々私は山本一郎の隠れファンで、炎上系の記事を書いている人という印象もありました。先の炎上時にもデーターの間違いを掲げて伊藤氏を叩いていた人たちにも同様の認識でした。
  • 記事にも書きましたが私が対抗した部分、守りたかった部分は、(叩く必要がないという意味で)言葉の部分であって、伊藤氏の考え方ではないんです。
  • こういう実態を知っていれば山本一郎氏の記事のあと、二の矢三の矢があるかもと勘ぐれたかもしれません。今回の公表まで目覚めの悪い朝を迎えておりました。

今の心境について

  • 超スッキリしています。勤め先の仕事のせいで過労死したり、劣悪な環境で働いたことで悩み苦しみ、自殺をしてしまった人たちができなかったことなんだろうな、と思っています。
  • 現段階では、マスメディアの動きより、どれだけこの私の問題提起と行動が一般人に伝わるかを気にしています。メディアが取り上げればシェアは進むでしょうが、不正云々の部分が話の中心になってしまうだろうし、最悪その花火だけ打ちあがってすぐ消えてしまうだろうから、マスメディアはすっこんでろという考えさえ今はもっています。
  • ただそれはそれとして、今回の公表内容が私の記憶だけで構成されているので、マスメディアが取り上げにくい形状であることは認めますし、その現状についてはこれでいいのか? という疑問も持っています。
  • どうやら助成金の申請は通らなかったようなんです。これが何を意味するのかよく考えた上でマスメディアは動いてみてください。

いつまでやるのか

  • 問題提起としての発信や公表文のシェアなどは、2017年一杯を予定しています。
  • 年が明けたら休止します。あくまでも休止です。
  • 公表文や関連記事は消さずにそのままにします。
  • 上記、全ては予定、そのつもり、です。

その1 最後に

 同様の回答記事はまた今後も作ることになるかもしれませんが、一旦締めます。

 私が彼との仕事で望んでいたのは、事前にやりとりしたように、手順化された仕事しかろくにできない、知識が乏しい自分のような人にでも、仕事が習得できるように配慮されている環境でした。発達障害という点を前向きに意識しながら働ける環境でした。ジャーナリストの力に触れられるチャンスでした。

 その3点さえ揃っていればよかったんです。駄目だったとしても、違反のこともその他もろもろの問題のことも、私の胸の内にしまっていたでしょう。

 全部ありませんでした。

 いまこういう行動をしていますが、私にとって、これは悲しいお話です。 

 

 発達障害の特性が「隠せない」ように、伊藤氏の言動の性質も、必要に応じて出したりしまったりできる類のものではないと私は考えています。それなのになぜ伊藤氏がテレビで活躍し、政治家とも繋がれているのか、この件に関心をもってくださっている方は、そのこともよく考えてみてください。